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同床異夢  作者: 猫セミ
23/26

23話

 暗くなった外を見、致は小さく息を飲む。月明りのない夜はどこまでも深く、触れることのできない得体のしれない巨大な生き物のように見えた。静かに冷えた土と水の香りが流れ込んでくる。鼻腔をくすぐる嗅ぎなれないにおいの数々に彼は背を硬くした。

「なんすか? 今更ビビってるんです?」

 へらへらと笑いながら辻村はリュックを背負い直した。伐採用の道具や、その他使えそうなものを詰めに詰めたためにそこそこの重さがある。よって、辻村が持つことになってしまったのだが。

 致は首を横に振って辻村の言葉を否定する。

「そうじゃない。ただ……これじゃどこからなにが来ても分からないな」

「そういうのを──まぁいいや。ほら、夜は毎日行ける異世界なんですから。そう思うのも当たり前でしょう」

「はあ……? 場所、ではないだろ」

「場所っすよ。ホラ、地球って回転しているでしょう」

 指を一つ立てて、彼女は補足説明を始める。

「あー……えー…………無茶苦茶だな。地球上の座標じゃなくて、えぇと……」

「空間で捉えてみるんすよ。3Dで。脳内にちゃんとZ軸作ってくださいよ」

「自転と公転で絶えず移動しているから夜は異世界だと?」

 ようやっと脳内処理を終え、後輩の言わんとすることを先取りする。

「お、そうっすよ。さすがっすねえ。知り合いの魔女が言ってたんすよぉ。夜は時間の経過だけじゃなくて、場所も示す言葉だーって。異世界にいたらそりゃあ緊張しますって」

「だからビビるのは別に気にすんなって言いたいのか。そもそもその理屈で言ったら昼も異世界になるだろうが。誤魔化しにもなってないぞ」

「ちぇー、そういう誤魔化しって重要じゃないすか」

「そうだが、俺らは作る側だから見抜く必要があんだろ」

「あ、でもほら」

 うん? と致は辻村に視線をやる。彼女は得意げに笑って指を一つ立てた。

「夜だけしかしないこと、夜にしかできないことってあるでしょう? 夜だけの文化圏ってね」

「あぁ…………上手いな」

「ホラ、夜の営みとか夜の──」

「黙れ。お前も懲りないな。次はないぞ」

「またまたぁ、そんなこと言ってぇ」

 話を遮られたものの、けらけらと辻村は楽し気に笑う。

 夜目が利かないという煤梅の副作用を利用し、三人は日が沈んでから行動を開始した。とはいえ、集落内には多くの街灯が設置され、道もよく舗装されている。土地勘のあるナツコがいなければ人の目をかいくぐることは不可能だろう。幸運なことに今夜も薄雲が立ち込め、雨が降っている。致の手と辻村の手を握っているナツコはどこか寂しそうだった。

 一行は暗い山道を通って集落入口まで戻ってくる。

「人が……チラホラいるっすね」

 集落内をそっと覗き込んでみれば、街頭に照らし出された人影かいくつも浮かんで見えた。手元の明かりを消しながら三人は集落の観察を続ける。各々懐中電灯らしきものを手に持ち、なにかを探して歩き回っているようだった。ある者は茂みを覗き込み。ある者は河原へ降りて橋の下を見ている。

「おい、ありゃどういうことだ……?」

「仮説一、渡さんを探してる」

「向こうが渡生存を察知できんのか?」

 ナツコは小首を傾げた。

「仮説二、アタシか致氏を探してる」

「むしろお前じゃないのか」

「いや、言ってもアタシだってボコられたんですよ?」

「じゃあ……なんでだよ」

「仮説三、ナツコさんを探してる。そもそもの話、ナツコさんがここの人にどう認知されているのかアタシらは知らないですけどね? でも変じゃないですか? 宴会に紛れ込んだり、九十九家に入り込めたり……それができるのに、ナツコさんのことを誰も気にしなかったんでしょう?」

「それは……そうだ。周りの反応が薄すぎて、俺も酔ってるだけだと思ってたしな……」

 致たちの熱い視線にナツコは苦笑いを浮かべた。どうもなにかしらの種があるらしいが、言葉を持たぬ彼女に説明は無理だ。なんとなしに致たちは話を切り上げるしかなかった。

「どっちにしろ、誰が探されててもよくない状況なんで……隠れながら行かないとですなァ」

「隠れながらって……」

 二人を率いてナツコは獣道に分け入る。一層暗くなった視界に、致の歩幅はだんだんと狭くなっていった。垂れてくる雫がまとわりつくようで気持ち悪い。引き返したくなる衝動に駆られつつ、歩を進めていく。これがあとどの程度続くのか、ナツコだけが知っている状況も、この気持ち悪さを加速させているようだった。

 そんなこんなでたどり着いたのは、あの朝、襲撃を受けた廃墟だった。残っている物もなにもない寂しい廃墟が、暗闇によって恐ろしい魔王城へと一変している。一瞬怯んだ致に気づいていないのか、ナツコはぐいぐいと二人を引っ張って廃墟の奥へと案内をした。

 足元、ナツコが指した位置。どこからも見えない場所に、巧妙に隠された地下への入り口があった。

 ここは滅多に人が来ないのだろう。隠れ場所としては真っ先に疑われていそうなものである。三人は少しの間も置かずに、その扉に手をかける。重く、さび付いた扉は大人二人がかりで引っ張ってやっと開いた。ぽっかりと空いた夜よりも深い暗闇がどこからか風を運んでくる。雨粒に交じって、ジワリと汗が流れ出た。

 下へ続く階段は濡れているせいか、足の裏をしきりに掻っ攫おうとする。そのうちに洞窟のような場所へ出る。中の道も舗装はされていない。しかしところどころ補強はしっかりされているうえに、壁面には数多くの古びた燭台が取り付けられている。土と蜘蛛の巣を被ったそれらが語る年月に、致たちはひとまず息をついた。

「これが言ってた抜け道ってやつですかね」

 懐中電灯を点けて辻村は周囲を見回す。

「なんだったっけな……あったよな、山村の洞穴を走るヤツ……」

「悪魔の手毬唄っすか? それとも津山?」

「それほぼ一緒だろ、答えとしては。そうそう、それだ。ナツコさん、ここって外に出るまでどのくらい歩いたらいいんだ」

 致の問いにナツコは指を五本立てた。

「五十分程度……ってことっすかね。まさか五分じゃあるまいし」

 こくこく、と少女は肯定する。

「じゃあ、その中で渡と合流して行くってなると……一時間半と見ておくべきか」

 病人がいるのであれば、その程度だろう。二人は少し顔を見合わせて一つだけ頷いた。

「にしても、やけに静かに事が進むな」

「出た、清水センセの杞憂」

「お前、なんか隠してないか」

「それ、アタシに訊くんすか? せっかく背中合わせで戦おうぜ! ってなったんすよー?」

 茶化そうとする辻村に対し、致はもう一つ問いただそうと振り返り──目を見開いた。発砲音と共に土くれが跳ねあがる。

 咄嗟に身をかがめるが、それ以上動くことはできず指先が喉が情けなく震えた。そんな彼らの首根っこを何者かが掴む。

「ちょっと、しっかりしてくださいよ。ナツコさんはともかく」

 やれやれ、と言わんばかりに首を横に振った辻村を、致は睨む。

「逆になんでお前は冷静なんだよ」

「慌てる人間見たら、逆に冷静になっちゃうときないです? それです」

 そう言いつつ、彼女は岩陰から向こうを覗き込んだ。

「九十九栄……?」

 先ほど見かけた人影の正体に、一同は息を飲む。向こうからはこちらの姿は見えていなかったのか、彼女は洞内に視線を巡らせて周っている。手元の懐中電灯はそれなりに強い光なのだろう。反射する小さな光に、三人は身を縮めた。

(夜目か)

 いることは分かったものの、どこにいるかまでは分からない。とりあえずぶっ放した、といった次第だろうか。強気なパワープレイに致は少しほっとして息をつく。このまま隠れて居れば、やり過ごせるだろう。当然、彼女が何故ここにいるのか、という疑問は残るが。

 九十九栄は壁沿いにこの空間を回っているらしく、段々と足音が近づいてくるのが分かった。二人は顔を見合わせて、元来た道へ引き返すべく移動を始める。

「おっと」

 滑って転びかけたナツコを支えるべく、辻村が身を乗り出す。岩陰から出た彼女の半身を、一瞬光の環が掠め取った。寸でのところで陰に隠れられたと思っていたが。

「いるんでしょう、辻村真」

 呼ばれた名に致は目を丸くして本人を見やる。辻村はどこか面白くなさそうに視線を泳がせたのちに、ナツコの肩を叩いて進むよう指示をする。彼女は一つだけ頷いて致の手を引っ張った。

「なにを、」

 有無を言わさぬ素早いやり取りと、緊迫した空気に飲まれ致はそのまま引きずられて行ってしまう。図ったな、という捨て台詞だけを残して、致が去るのを辻村は見送らずにふらりと岩陰からその身を出した。

「今、わざとこちらに姿を見せましたね?」

 優雅な着物姿は相変わらずだが、その手には猟銃が握られている。

「さぁ……なんのことだか」

 ポケットに手を突っ込み、辻村は呆けた返しをする。

「あなた、本当に辻村真ですか?」

「あぁ、あんなにボコボコにしたのに、ってことすか」

 細められた瞳がしきりにこちらを気持ち悪がっているのがよく分かる。心外だ、辻村真は肩をすくめて笑った。

「そうっすね。えぇと、確か……頭に一撃、首、胸、あー、あとその他太い血管のあるところ? 結構痛いところ狙ってくれたじゃないですか」

 ひとつ一つ、傷のできていた個所を指す。傷痕すらないすべらかな肌を見て九十九栄は顔を歪めた。

「煤梅か……?」

「いやまさか。使ったらアンタらは分かるだろ? 誰が、とはいかなくてもなんとなく察せれる能力があるーってな。それでも致さんやら渡さんの件が分からなかったのは、限界があるからなんでしょうけども」

 図星だったのだろう。九十九栄は押し黙る。

(鳴木さんの言っていたことは本当だったか)

 辻村に対し、怯えを見せていたのは九十九栄と同じ理由だろう。

 ──自分たちとは違う系統のモノがいる。

 致の意識を沈めた後に、少しだけ身の上話をした。それを鳴木が信じたのかどうかはともかく、彼は彼で思うことがあったのだろう。煤梅について補足をしてくれた。

「テレパシーが使えるなんて便利ですな。元は一つの生物だとか、聞きましたけど」

 そこまで知っているのか、と言わんばかりの反応に彼女は追及の手を伸ばす。

「寿命を延ばしに延ばしたのに、最後は薬が尽きて終わりって惨めっすねえ」

 最後、返事の代わりに発砲音が一つ。辻村の真横にあった壁面を削り取っていく。

「いやいや、アタシはイノシシかなにかか……ガチで撃つの?」

 目を丸くして問えば、彼女は鼻で笑う。

「クマの間違いではありませんか? どこの手の者か知りませんが──」

 もはや話は不要、と九十九栄は猟銃を持ち直した。辻村は咄嗟に近くにあった岩陰に飛び込む。発砲音と共に遮蔽物となった岩が削れたのが分かった。

(こっちだってさすがに散弾銃はキツイ。弾切れを待つのが無難だけども)

 ちら、と視線は元来た道へ戻る。ここで時間を使うのはあまりに惜しい。ある程度彼の安全が確約されているとはいえ、予想外の事態が防げるわけではない。ナツコのことも考えるとここで九十九栄の相手をしている暇はないだろう。

(さて、それならば、だ──って、なんじゃありゃ)

 そっと岩陰から九十九栄の方を覗き見て、目が合ったのは黒いなにかだった。九十九栄の一回りも二回りもある黒い赤子、のようなものが立っている。不安定なのだろうか、しきりに立ち上がろうとしてその場で膝を折っている。ところどころ形が崩れ、黒い液体がばたばたと地面に落ちていっている。骨がないのだろうか、そんな感想を抱く。

「あー、そういう、そうか。清水センセの言ってたのはそういうコト」

 その特徴を見、思わず感嘆する。岩陰からゆっくりと立ち上がり、その向こう側へ出る。九十九栄が顔をしかめたのが分かった。

 ──ふらり、と辻村真は怪物に向かって手をかざす。手のひらをきゅっと結び、開けばほら。怪物は瞬く間に消えた。

「あんま気持ちのいいものじゃないっすけど、なんでまたこんなのがいるんだか。切り札はこれか」

 驚愕する九十九栄の元へ一歩、また一歩と彼女は寄っていく。ずるり、と影が這い出てくる。闇より暗く、影より深い何者かが、この空間に広がっていく。異変を感じたのだろう、九十九栄は後ずさる。

「この辺りじゃあんた等だけなんですっけ。こういうの使うの。でもね、アタシの周りにはゴロゴロいるし、アタシ自身もそういうのなんでね。アタシからすればラッキーだったとしか。油断大敵、慢心厳禁ってね」

 追い詰められた指は遠慮なくトリガーを引く。発砲音が響くものの、被弾した者はいない。

「どういう、こと……!?」

「どういう経緯かは知らんけど、うちの市街地に得体のしれない薬物を頒布してたんだろ? 煤梅とその薬剤が一致しちまったんでね。まぁ、よく考えたとは思うけど」

 すました顔で辻村真は罪を告げる。言葉の意味を即座に理解した九十九栄は、息を飲んで反論をする。

「いいや、頒布などしていない。うちは決まった相手にしか売り出さない。あんなの日の目を浴びたらそれこそ終わりでしょう。それにうちは、そちらからは手を引いている!」

「…………いや、そうか。こりゃ参ったな。百々瀬家か」

 決まった相手にしか売り出さない秘密の薬剤。その決まった相手がことごとく死んでしまった今、九十九家は新たな買い手を探し出さなければならなかった。しかし市内にはすでに煤梅が出回っており、上手く買い手がつかなかった。ともすれば、疑うべきは集落内である。

「じゃあすぐにでも分かるだろ、なんで対処しなかったんだ。そんなに最近の話でもないだろ? ここ一か月くらいは出回っているし」

「それができればこちらも苦労しませんでした」

「なるほど、できない理由があったと。あぁそうか。あの出所の分からない資金源は、そういうことか」

 九十九家には最大の弱みが存在し、それを百々瀬家は把握していたということだろう。結果百々瀬家を止めることができず、九十九家は稼ぎを失い続けた。資金を提供されなければならないほどに。

「あんたら、いつの間に力関係ひっくり返されてたんだな」

 辻村の言葉に老女は顔を歪める。集落の人間は気づいていなかったのだろうか。いや、気づかないはずがない。気づいていて、長男のことを指摘したのだろう。気づいていて表沙汰にしなかったのだろう。そちらの方が便宜がよいからだ。この集落の外に顔が利くのはほかでもない九十九家だけだ。外へ向けて利用価値のあるカードとして、その顔だけは残された。

「つってもそう、大本は九十九家なんだろ? それに、そういう計画は存在していた。それを先取りされたようだな。それなら、」

 ふわりと手をかざす。発砲音は空しく地面を削るのみ。


「これはお前らの落ち度」


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