20話
老巫女と話をした後、奇術の正体を探るべく辻村は九十九家へ戻ることにした。他でもない老巫女が『九十九家へ行けばいい』と言ったからなのだが、果たして求める答えが本当にあるものなのか。今の時間帯、十七時を回ったころだが九十九家は出払っているのだろう。異様に静かな屋敷内に辻村は一歩踏み入れた。
(まぁ、あるとすりゃ……あそこか、ここだろうな)
致から事前に母屋二階については聞かされている。玄関からちょうど真上を見上げて辻村は首を傾げた。外から見れば確実に玄関の真上に一つ部屋があるはずなのだ。しかし致はその入り口を発見できなかった。ともすれば、入り口は階段以外のどこかになるはずなのだが。玄関真上の部屋には窓らしき場所は見当たらない。西側の階段からも行けそうな空間があるが、そちらは鍵がかかっているために侵入は難しそうだった。九十九家は小高い場所にあるため窓から入るには少しリスキーである。
「……ん、アレか」
端から端まで見渡して、辻村は天井の一部に微妙な凸部分を見つけた。上手く動かせば外せそうだ。辻村は早速近くにあった棚を使い、凸部分に手を伸ばす。少し力を込めて押し上げれば、天井の板だったものは軽い音を立てて外れた。淵に少し体重をかけ、登れそうなことを確認してから辻村は玄関屋根裏へと上がりこんだ。
投げ込んでおいた板を戻し、姿勢を低くしたまま辻村は辺りの様子を探った。外が曇っており、薄暗いせいだろう。屋根裏に光源はなく、見通しの立たない空間がそこにある。
(誰もいなさそうだな……)
息を潜めたまま、手元でスマホを操作して明かりをつける。辻村の予想に反して屋根裏は清潔に保たれていた。乾いた木目の上には埃一つ載っていない。高さのない狭く暗い空間の端には布団が三人分畳んで置いてあった。その近くには三つの籠が置かれている。中には綺麗に畳まれた着物が入っていた。その中の一つ、梅染色の着物を見て辻村ははっとした。
「なるほど……」
部屋の主に思い当たると同時に、辻村は顔をしかめる。この部屋はきっと、梯子がなければ出入りができないだろう。辻村のように無理やり上がるという芸当が可能であれば、ここまで嫌悪感を抱くこともないのだろうが。
とはいえ、この部屋には他に目に付く物はもうない。あまりにも簡素な部屋に肩を落としながら、辻村はもう一度屋根裏部屋を見回す。
(もしかしたら、西側の部屋に行けるかもしれねえし……)
主に西側の壁を入念に調べる。屋根裏であるにも関わらず、この部屋を作り出すために大きな板で目張りがされているのだ。南側も壁が作られているが、そちらは最近修繕でもしたのだろうか、真新しい板が隙間なく打ち付けられている。西側の板をコツコツ、と軽く叩いてみて、奥にも空間があることを確信した。ならばと辻村は取り外せそうな板に指をかけて引っ張った。
みしり、と繊維が曲がる音がして劣化した板が取り外される。元に戻すのは難しいだろうと、開き直った彼女はもう一枚引きはがして、開いた入り口にその身をねじ込んだ。一転して埃っぽい空間にむせそうになりながら、辻村真は歩を進める。姿勢は低いまま、足音は最小限にとどめて西を目指していく。息を潜め、しばらく進んだのちに壁に当たった。天井板近くに設けられた通気用の窓から外の風を感じとる。
(お、ここは普通に外せそうだな)
天井板のなかに、おあつらえ向きの取っ手がある板が一つだけある。それを使い、少しずらして中の様子を探ろうと辻村は下を覗き込んだ。
真っ暗な室内に思わず息を飲む。窓は目張りがしてあるのか、一切光を取り込んでいない。滞留する空気の独特なにおいに息を止めたくなる。背筋がざわつくのを抑え込み、辻村は部屋の中へ降り立った。
幸運にも室内には誰もいない。独特なにおいの発生源は、湿気と埃だろうか。頼りないスマホのライトで照らし出された部屋は、大量の物でごった返していた。床の上にも、紙や本が散らばっており、みっちりとファイルが格納された棚が部屋を占領している。棚近くの机の上には薬剤の入ってそうな瓶や実験道具と思わしき道具類が雑に乗せられていた。
「これは……これは、秘密の実験室、てヤツ……!?」
こわばったままの頬を軽く叩いてから、辻村は目星をつけるべく部屋の中を今一度見回した。雑多にごった返すものを、すべて調べていてはキリがない。とはいえ、ここで拾える重大情報もあるだろう。そんな予感が踊りだす。
(そもそもここはなんだ? 秘密の実験室、は理解できる。奇術の正体がここにある、というのだから──)
机の上に置かれていた小瓶を手に取る。黒い液体がどろりと流れ、中で蠢いた。説明を求めた手は机近くの棚に伸びた。
背表紙には『記録五』と書かれている。簡潔なタイトルに、全く内容が想像できず辻村は思わずファイルを開いた。単語を拾っていくだけの粗雑な速読は、ある一つの回答を導き出す。
化学では紐解けぬ、どこからも分からない出自不明の生物の力を借りた、奇術。
「名は『煤梅』。これが、ありとあらゆる苦しみを取り払い、寿命を延ばす奇術の正体です」
「奇術っつーか、それは、そういう生き物ってこと、か?」
「長谷家が奇術と呼んでいたのは、この生き物を増やす方法のようですね。伝授するにあたって、その範囲が広がったようっす」
辻村の補足に、致は首を傾げつつも話の続きを促す。
「これが若返りの秘薬みたいな効果でして。コイツを摂取すると、治癒力とか代謝を向上できるんすね。衰えた細胞を復活させる、と。蓬莱の秘薬だーなんて記述もありました」
「都合がよすぎるな。副作用はなんだ」
「夜目が利かなくなるのと、生殖機能の不全・奇形胎児、それから基礎体温の低下。他に形状崩壊、壊死。特に鼻や耳、指先などの細かい部分が起きやすいと。この崩壊は、煤梅でもうまく治療できないんだそうで」
「ふーん……拒絶反応でも起きるのかねえ」
「そうみたいっすね。だからそれ以外の方法での治療が望ましいと」
「んで奇形胎児と生殖機能の不全、てのは?」
致のつっこみに、辻村は少し目を伏せて息をつく。
「『色は黒く、手足は丸い。骨は柔らかく、軟骨のようだった』、と。写真などはありゃしやせんでしたがね。この集落、子供がいないのは」
「生まれないから、だったのか」
ですね、と彼女は苦い顔で頷く。それ以上話を広げる気がないのか、辻村は首を横に振って、指を一つ立てた。
「そうそう、形状崩壊には一つ判明してる条件がありまして」
「一つ?」
「ええ、『水に触れる』こと。摂取量が多ければ多いほど、触れた個所から一気に身体が崩れて水になっていく」
辻村の言葉に致は口を閉じて表情を険しくした。
「つまり、例の市内で起きている不審死はこの薬剤の副作用で起きた、と考えるべきやもしれませんな」
「消えたヤツは全員寿命を延ばしたかったヤツだと? そっちの詳細は知らないが、どうなんだ。知り合いがいるんだろ」
「そうっすね。確かにアレは持病がありましたし……否定できませんな。あり得る、としか言いようがないっす。他の人も年齢性別はまちまちですが、健康に関する悩みがあったようですな。ただ、上の年代の人が大半だったもんで、その点は重要視されてませんでした」
「まぁ、上の年代がほとんどならそうか……ない方が不思議だしな」
「アタシらを襲った人も、過剰摂取で飽和した状態だったんでしょう。少なくとも人体に取り込まれるとこの弱点ができちゃうんだと」
「はぁ、信じたくねえ」
致は己の体をさすりながら、盛大にため息をついた。浮かんだ嫌な予感は頭の隅に追いやって、眼鏡の縁を触る。
「ま、実際に見てますし……町史で水鬼、と呼ばれてたのも、この副作用があるからかもしれませんな」
「水鬼、な……それで恵比寿か」
一人納得のいった様子の致に、辻村は説明を求めるが長くなるからと拒否されてしまう。やや頬を膨らませながら辻村は話を続けた。
「それに、九十九家長男はどうだったんです。見たんですよね」
手痛い反論に致はますます険しい顔をする。
「否定はできない。確かにそれっぽいと言えばそうだった」
「さらにさらに、ですよ。九十九家がどうして金を持っているのか。これも答えが出せますぜ」
「煤梅をそういう薬として売っていると?」
「ええ。実は最近、市内で怪しい薬物が出回っているという噂がございまして」
「初耳だ。なんだそれ」
「そりゃそうでしょうよ。誰もその薬は見てないんですから。ただ、それが存在することだけが確実でして。出所も、効能も噂に尾ひれがついてるせいで特定できない」
「都市伝説だろ、それはもう。そんなのが……」
平時であれば嬉々として食いついた話題だ。致は心の隅でそう思いつつも、その薬についてはどこか茶化すことができないでいた。辻村も神妙な顔のまま話を続ける。
「本来であれば気にする必要はないでしょうけどね。でもこれ、この薬物が煤梅だとすれば? 最近はお得意さんが立て続けに死んだ影響で、売り上げも伸び悩んでたみたいっすからね。だから新規に手を伸ばした」
「その新規が失踪者、と考えれば話は一応繋がりはするが……なんで今更それが表上に出てきて発覚するんだよ。それに結果的に死んでるんじゃ意味ないだろ。新規と死んだ得意先になんの違いがあるってんだよ」
鋭利な追及の言葉の後、ややあって辻村が先に口を開いた。
「さすがにそこまではアタシも分かりませんな。なにか別の要因があるんでしょうけど。ただですね……」
「なんだよ、気持ち悪いな」
おもむろに彼女は立ち上がって、ゆっくりと歩き始める。視点は俯き気味に、顎に手を当てながら部屋を練り歩く。ぽそりぽそりと整理された情報が吐き出されていく。
「ここ数年の記録を見るに、煤梅の質が落ちてるんですよ」
「質が落ちている? 効果が薄いとかか」
「そうっす。なんなら、ここ数十年で煤梅はただの黒い液体になっているっぽいんです。新しく生産はできない、と嘆きの言葉がそりゃもうたくさん」
「じゃあ、不老不死の奇術はもうないんじゃないのか? あるものをずっと使ってるだけなんじゃ。そんな状態で新規獲得とか──」
「そうかもしれないし、そうでもないかもしれない……」
適当なことを言いつつも、辻村の赤い目は真剣だった。どうも引っかかるところがあるらしい。しゃんとしろ、と言いかけた致を手で止めて、辻村は続ける。
「そんな状態で、新規獲得を目指すのはヘンです。それでも金になるのがこれしかない、と考えられますが……煤梅の生産には金が要る、ということになるんすよ。設備費が莫大なんでしょうな」
「じゃあ、なんだ。新規は死んでもいいから急ぎで大金を準備できればよかった、ってことか」
「そうとも考えられますな。というか今のところ、それが一番『らしい』ですよね」
「継続購入者を増やすためではなく、質低下に歯止めをかけるための生贄選別だったと。そうにしては愚に走りすぎな気もする。なにかまだ裏があるんじゃないか」
「そりゃあそうですよねぇ。気になりますよねえ。実際あの秘密の研究室は、質低下が始まって以来、使われてなさそうなんですな。名付けるなら旧研究室。今に繋がる場所ではなさそうです」
──ここは一旦保留、と二人は結論付ける。この仮説は結論たりえないと辻村も致も理解していた。




