19話
「あ、やっと戻ったんすか? どこほっつき歩いて……」
「そんなのどうだっていいだろ。それよか辻村の方はなにか見つけたのか? やけに熱心に調べてたみたいじゃんか」
床の上に広げられた書籍とメモを一瞥して致は問う。
「あー、ネタになりそうな御伽噺があったんで、ちょいと情報収集と補強を」
「ふーん……?」
「やあ、やっぱ興味ありますよねえ。これがねーかくかくしかじかで」
辻村は適当に御伽噺を掻い摘んで説明する。
「よくある話じゃねえか。そこまでネタになるか?」
「いやいや、それを踏まえて九十九の権力を見ると……ねえ?」
「言ってもそんだけだろ。あまりに味気が無さすぎる」
「だから補強のために情報収集してたんすよー」
「で、釣果は?」
「ゼロです」
辻村は指でゼロを作り、首を横に振る。特に期待をしていなかったのだろう、散らかした本を片付けながら致に視線を送ってきた。
「はいはい、そうだな。これで分かるなら俺らはもう帰ってるだろうよ」
「んで、清水センセは結局なにしてたんすか」
「渡のPCを盗りに行った」
「ほあっ!?」
返事をしてすぐに致は速足で二階へ上がる。どたどたと音を立てながら後を追ってくる辻村を放って、彼はどっかりと座敷牢の前に座った。ただならぬ様子の致に少し驚いたらしい、渡は困惑した様子で顔を出した。
「なに、なにごと?」
「急になんすか!」
「渡、お前どういうつもりだったんだ」
「ど、どういうつもりとは?」
「俺はさっき九十九の本家に行って、お前の持ち物を回収してきたんだ。さすがに全部は無理だったから、スマホだけだったが……」
静かに致は話を続ける。
「写真をその場で確認した。中身は無事だった。ただな、一つだけ訊きたいことがある」
低い声で切り出された話題に、渡は静かに問いを促した。
「あの掛け軸、どう見ても偽物だろう。いや、偽物と疑った方がいい。そんな代物だ。どうして真贋が分からないなんて嘘をついた。
投げかけられた問いに、一方は顔をしかめ、一方は神妙な顔をする。
「それは……あの、百々瀬家のものが、ってことすか?」
すっと片手を挙げて、顔をしかめたままの辻村は説明を求めた。
「いや、両方だ。両家の掛け軸が、俺は偽物だと思う。そもそも成立からして胡散臭いとは思っていたし、可能性は高いだろうと考えていた、が」
「えぇ……? はあ……」
しかし、彼は全く説明をする気がないのだろう。どこか重たい端的な言葉は辻村の助けにはならなかった。
「致、先に説明してあげなよ。俺もちゃんと答えるから」
渡の言葉に、致は若干不満そうな顔をしたが、辻村を手招きしてスマホを見せる。
「辻村、この写真が例の掛け軸だ。これは九十九のものだな」
写真に写っているのは、紫色の台紙に飾られた古文書だった。
「あー、これはどこから説明するべきなんだ……辻村、日本史は覚えているか。江戸時代の」
「五人組、杉田玄白、桜田門外の変」
「そのチョイスはなんなんだ。ええと、五人組は分かるんだな?」
「あー、分かるっすねえ。江戸時代は年貢が厳しくて辛いーみたいなイメージが」
「まぁ……今のところはそれでいい。とりあえず江戸時代は身分の差がはっきりしている。そういう身分社会はな、紙面にも表れるんだ。特にこういう書簡はな」
「ほう、ということはこの文書にも?」
「ああ。タイトルと本文の単語を拾った感じ、ここの地域の上司である藩から九十九家へ届いた、名産である梅献上へのお礼状だな。百々瀬家のものは、宛先が百々瀬家になっているが」
タイトルを指し示して致は話を続ける。辻村は話の流れが読めてきたのか、一つ手を叩いて致と目を合わせる。
「分かった、つまり差出人と受取人に身分差があるのが鍵と」
「ここの差出人はいい、宛先の名前の位置と大きさが問題なんだ。こんなに高い場所にこの大きさの文字で書かれるはずがない。よほど親交のある相手ならまだしも、いち庄屋をこんなに持ち上げるなんてありえない。これは百々瀬家の方も同じだ。文字の大きさに違いはあるが、宛先が高すぎる。武家からの手紙なら、紙ももう少し大きめで豪華な物を使うだろうし……そもそもこんなものを書くかどうか、怪しいラインだと俺は思う」
「え、中身は?」
少し早口で展開された根拠に、辻村は首を捻りながら質問をする。
「すぐ読めねぇよ。いいか辻村。史料ってのは文字の配置と大きさも重要なんだ。それだけで判断ができることもあるって話だ。お前も見つけたら折り目だろうが挟み込まれたゴミだろうがちゃんと保存しろよ」
「ええー……意外と情報の塊なんすねぇ……」
「ミステリーではよくあるだろ。一緒に封筒に入ってた土とか、字の癖とか手紙のローカルルールとか手がかりにするだろ? それと一緒」
眼鏡の縁に手をかけながら、致は説明を終えようとする。それに待ったをかけつつ辻村は話を取りまとめた。
「んじゃあ、百々瀬家のものも宛名が違うけど、位置と大きさからして偽っぽいということで?」
「だと思う。そして、これは見れば分かる要素だ。それをわざわざ分からないと両家の人間に言うのはともかく、俺に対して分からないというのは意味不明過ぎる」
新たに飛び出した情報にこれまた後輩は待ったをかけた。二度目のそれに致はうっとおしそうに辻村の方を見る。いつにも増して目つきの悪くなった藍色の目を押し返して彼女は疑問を口にする。
「えぇ? 俺に対してならともかくって。誤魔化さないといけない理由があるんすか?」
「こういうのを拠り所にしているやつらに、偽物だなんて言ったら命を狙われるだろ。鑑定って実際は命懸けなんだ。だから絶対やらないって人も少なくない……と思うぞ。実際にそんな状況だしな」
「……辻村さんもびっくりの業界タレコミだよ。つまり、掛け軸は一目見れば偽物と判断できる代物だった。九十九家も百々瀬家もそれに気付ける知識はない。そして、そのことをなぜか渡さんはアタシらにも黙っていた、と。致氏の言ったことはこういうことで?」
「ああ。そうだ」
辻村のまとめに、致は冷たい横顔のまま頷く。どんどんと冷えていく空気に耐えかねて、辻村も渡に真実を話すよう促す。
「渡さん、事情は何となく理解したけどなんでですか」
辻村の柔らかい追及にも、渡は首を横に振って答えを口にしようとしない。
「うーん、ごめんね。悪いけどやっぱり言えないかな」
「──そうか。なら構わない」
先ほどまで貫かんとする勢いで渡を見つめていたが、致はあっさりと引き下がる。ここからさらに食い下がると思っていた辻村は拍子抜けしてしまった。普段であればもう少し喉元を噛み千切るくらい勢いのある人物なのだが、今日の金清野致はどこか切れ味が鈍い。辻村は彼の態度を訝しがりながらも、軌道修正を図る。
「んじゃ、話戻すんですけど……結局九十九も百々瀬も偽物であることには気づいていないってことっすよね。両方」
「まぁ、そうだな。けど……九十九の分は鑑定済みだと明言していた。これが九十九の嘘だったか、あるいは……」
「その鑑定者の嘘だった可能性もあるということですか。裏事情を鑑みると、誰が嘘をついているのか分かりませんね」
「こうなってくると、いよいよ目的が分からない。結局渡に濡れ衣を着せれればいいから、それっぽければいいってことかよ」
現時点ではお手上げだ、と致は小さく吐き出す。ただならぬ重さを持った降参の言葉に黙って頷くしかなかった。辻村は軽く渡の様子を伺ってみるが、彼もまた、なにを考えているのか読み取れない表情をしていた。嘘をついているようにも、ついていないようにも見える。とはいえ、ここまで真贋について隠すとなれば、なにかしら口に出せない事情があるのは確かだろう。
(それなら清水センセも予想はつくだろうしな)
増える一方の謎の味を確かめながら、辻村は小さく息をついた。




