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新宮ユウスケの妖怪事変

作者: 畝澄ヒナ

昼休み、俺は茶色に染まった短髪に寝癖を纏い、暖かな日差しを浴びながら机に突っ伏していた。

 俺、新宮ユウスケ(あらみやゆうすけ)は妖怪が見える。だから余計なものが見えないようにこうやって毎日机とにらめっこしているというわけだ。

「ユウ君、今日もお昼寝?」

 こいつは幼馴染の鳥居レイナ(とりいれいな)。綺麗な黒髪ロングに月のように輝く瞳は、高校生になった今でも一緒にいて嫌というほど見てきた。

「そうそう、お昼寝。邪魔しないでくれよ」

「えー、つまんない。お話しようよ」

 そう言ってレイナは俺のはねた髪をつんつんといじりだした。ふてくされた顔が目に浮かぶ。

 しょうがない、いつものわがままを聞いてやるか。

 顔をあげてレイナのほうを見ると、同時に「そいつ」も視界に入ってきた。レイナにはやっぱり見えてないようだ。

「はあ、またか」

「どうしたの?」

「なんでもない。ちょっと髪にごみついてんぞ」

 俺はレイナの艶やかな長い髪を触るふりをして、レイナの肩に乗っていた一つ目玉の妖怪をつまみ上げた。

「よし取れた。ちょっとトイレ行ってくるわ」

「あ、うん。行ってらっしゃい」

 トイレに着くと突き当たりの窓を開け、一つ目玉の妖怪を窓の淵に置いて一言告げた。

「もう戻って来んなよ」

 俺の言葉を理解したのか、そいつはこくんと頷いて窓の外に逃げていった。

 厄介なものだ。レイナはなぜか妖怪が寄って来やすい体質のようで、今回のように害がない者もいれば、レイナの精神や身体に影響を及ぼす者もいる。レイナは俺に妖怪が見えていることを知らない。だからこうしてさりげなく引き離すしかない。

 俺に妖怪が見える理由は多分家系にある。俺の家系は代々陰陽師だったらしい。令和の今になっては途絶えてしまったが、家の倉庫には当時の歴史書などがたくさん置いてある。ちなみに、俺の両親は全く妖怪が見えない。

 教室に戻るとレイナが俺の席で机に突っ伏していた。

「何してんだよ」

 俺がそう聞くと、レイナは顔を上げて笑顔で答えた。

「ユウ君の真似っこしてるの」

 レイナはいわゆる天然、というか馬鹿だ。こんな調子だから余計に心配になる。

「そんなことしてないで、ほら、代われ」

「いじわるう」

 レイナは頬を膨らませて、だるそうに席を立った。その時、一人の女子が俺たちに近づいてきた。

「ごきげんようなのです。早速新宮殿に頼みがあるのですよ」

 びしっと敬礼を決めて話しかけてきたのは、同じクラスの明星ミサキ(みょうじょうみさき)だった。小柄で黒髪ツインテールに眼鏡という見た目で、妖怪研究部、通称『妖研』に所属するオタク女子だ。

「明星さんが俺に何の用?」

「妖怪退治を頼みたいのです。新宮殿も妖怪が見えるのでしょう?」

 嫌な予感が的中した。俺は慌ててレイナのほうを見た。

「すごい! ユウ君、妖怪が見えるの? 私も見たーい!」

 無邪気な笑顔ではしゃぐレイナを見て俺は怒りが込み上げてきた。同時に明星ミサキの悪意のない表情にも虫唾が走る。

「ちょっと来い」

 俺は明星ミサキの手を掴むと、レイナを置き去りにしてそのまま教室を出た。

「な、何なのですか?」

 戸惑いを隠せない明星ミサキを無視して、人気のないところまでひたすら歩いた。人のいない校舎裏に着くと、俺はため息をついて明星ミサキのほうを向いた。

「なあ、どうして教室であんなこと言うんだよ」

「私、何かダメなこと言ったのですか?」

「お願いだから、人前で妖怪の話はするな」

 明星ミサキはまだわからないといった顔をしている。

「どうしてなのです? 私も妖怪が見えるのです、それを大体の人は知っているのです。だから……」

「全員が同じ気持ちだと思うなよ。俺は少なくとも知られたくないし、妖怪なんて見たくない」

 俺は言うことだけ言って教室に戻ろうとした。するとすかさず後ろから声が飛んできた。

「待ってくださいなのです! ご、ごめんなさいなのです。でも、本当に困っていることがあるのですよ」

 真剣なのが声でわかる。俺は仕方なく話を聞いてやることにした。

「頼みってなんだ。もう昼休み終わるから手短にな」

「ありがとうなのです」


 最近十代の女性が忽然と消える、いわゆる神隠しが起きている。それはすぐにニュースになり警察が必死に捜査を進めているが、消えた女性は誰一人見つかっていない。

 明星ミサキはこれを妖怪の仕業だとみているらしい。

「山の上にある神社に狐の像があるのは知ってますか?」

「ああ。昔、悪い狐を封印したんだってな」

「その狐の像に貼ってあったお札がなくなっていたのですよ」

 つまり、封印が解けて悪い狐が出てしまった、というわけだ。

「まさか、俺たちでどうにかするんじゃないだろうな」

「そのまさかなのです。このままだと次の被害者が出てしまうのですよ」

 それはそうかもしれないが、狐は特に厄介だ。人を化かすのが得意な上にからかい好き、俺も過去に何度か経験があるから、狐は嫌いだ。

「でも、証拠も何もないじゃないか」

「私は毎日あの神社にお参りに行ってるのです。そして、お札がなくなった日から神隠しは起きているのですよ」

 それが本当ならかなり可能性は高い。だけど、狐が何のために女性を攫うのか。

「もしそいつが犯人だとしても、理由が全くわからないんだが」

「それもちゃんと調べてるのですよ」

 さすが『妖研』なだけはある。

「神隠しが起きた翌日、必ず狐の嫁入りが起こるのです。今まで消えた女性は五人、お札がなくなってから今日までぴったり五回、狐の嫁入りは起こっているのですよ」

 言われてみれば、晴れているのに雨が降っていることが何度かあった。

「攫うたびに嫁にしてるってことか、って回数多くないか?」

「あの神社には合計六体の狐の像があるのです。その全てのお札がなくなっていたのですよ」

 狐は六匹、攫われた女性は五人、あと一人か。

「詳細はわかった、今日俺の家で作戦会議だ。学校が終わったら俺のとこに来てくれ」

「わかったなのです! ありがとうなのです!」

 明星ミサキはまた敬礼を決めて一人走っていった。

 また面倒なことに巻き込まれてしまったようだ。


 放課後、明星ミサキはすぐ俺に駆け寄ってきた。

「さあ、帰るのです!」

 なんでこんなにテンションが高いのかはわからない。

「ユウ君? どうして明星さんが?」

「悪い、訳あって明星さんを俺の家に呼んでるんだ」

 レイナはあからさまに拗ねている。それに追い討ちをかけるように明星ミサキが口を開く。

「ミサキでいいのですよ。堅苦しいのは嫌なのです」

 その言葉に驚いて、レイナは完全にそっぽを向いてしまった。

「もういい! 私一人で帰るから」

「ちょっと待てよ!」

 レイナは俺の制止も聞かず走って行ってしまった。

「どうしたのですか?」

 はあ、女心はよくわからん。


 俺とミサキは早速家で作戦会議をしていた。するとレイナの母親から電話がかかってきた。

「ユウスケ君のお家に、レイナがお邪魔してないかしら」

「いえ、来てないですけど、どうしたんですか?」

「まだ帰って来てないのよ、もう夕ご飯の時間なのに」

 レイナが学校を出たのは十六時半、今はもう十八時だ。さすがに帰ってないとおかしい。

「わかりました、探してみます」

 俺は静かに電話を切ったが、内心は全く冷静ではなかった。

「ミサキ、六人目はレイナだ、神社に行くぞ」

「でも、神社に必ずいるとは……」

「神社は妖力が溜まりやすい、人を攫うのにも妖力を使うだろうから、必ず回復しに来ているはずだ」

 俺たちは自転車で神社に向かった。途中から階段を使い、必死に駆け上がる。神社に着くと青い火の玉が六つ浮いていた。

「姿を現せ!」

 俺が叫ぶと、火の玉が激しく燃え上がり狐が現れた。

「邪魔するな人間ども、我らは嫁をもらい、里に帰るのだ」

 目の前を見ると本殿の扉が開いていた。そこに人影が見える。

「女性たちは本殿の中だ、ミサキは女性たちを助けに行け」

「封印はどうするのですか?」

「まあ、任せとけ。本殿に入ったら扉を閉めろよ」

 俺は女性たちをミサキに任せ、狐の像に向かって走り出した。

「おい狐ども、札を貼られたくなきゃ止めてみろ!」

 狐の像は本殿入り口の左右に三体ずつ置いてある。片方の三体に札を貼った後、残りの三体に札を貼っている最中に貼った札を燃やされたら困る。ミサキには言い忘れていたが、俺には心強い相棒がいる。

 俺は右の三体に札を貼ると思いっきり叫んだ。

「コテツ! 上がってこーい!」

 神社の階段を駆け上がってきたのは俺の相棒、犬のコテツだ。こいつらのことは倉庫内の資料に書いてあった。過去に俺の先祖が封印した狐どもだったんだ。

 コテツは札を貼った狐の像の前で吠えている。

「こ、これでは近づけぬ」

 妖狐の天敵は犬だ。かつて俺の先祖も飼い犬を使って妖狐を退治していたらしい。

 コテツが守っている間に俺は左の像に走った。後ろから追いかけてくる狐を振り払って、無事に札を貼り終えた。

「何度でも封印を解いてやる、その時まで覚えていろ」

 妖狐たちの姿は消え、神社は静寂に包まれた。本殿の扉を開けると、中央で川の字に寝そべっている女性たちの姿があった。

「みなさん無事なのです。そういえば、なぜ扉を閉めるように言ったのですか?」

「見えない人が強い妖気に触れ続けると危険だ、みんなぐったりしてただろ」

 レイナも気持ちよさそうに寝息を立てていた。とにかく、無事で何よりだ。

「とりあえず警察と救急車呼ぶか」

「そうするのです」

 すぐに警察と救急車が到着し、この事件は早々に幕を閉じた。


 三日後の朝、レイナは元気に俺の家を訪ねてきた。

「ユウ君、早く学校行こ!」

 俺の手を引いて、ご機嫌に鼻歌まで歌って、本当に呑気なやつだ。

「この間はごめんね、ユウ君に心配かけちゃった」

「お前が無事ならそれでいい」

 俺が頭を撫でると、レイナは照れくさそうにお礼を言った。

 学校に着くと、俺の席にはミサキがいた。

「ごきげんようなのです、新宮殿」

「また明星さんがいる……」

 レイナは頬を膨らませて俺の顔をまじまじと見つめている。

「な、何だよ」

「もう、知らない!」

 レイナは急に怒って、自分の席に座ってしまった。

 やっぱり女心はわからん。

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