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久我家の人々  作者: にけ
8/11

一期一会


「やりやがったな……」


テーブルに着くやいなや忌々しげなジト目を秀介さんから向けられる。

彼が指しているのは食卓に並べられた野菜の量。

私は臆すことなくにっこり笑う。

ハンバーグは200グラム程あるので野菜はしっかり摂って貰わなければ。

とはいえ、他の人より秀介さんの量は少なめにしている。ちょっとした優しさだ。


「いいじゃない。食べきれなかったら残してもいいんだから。あ、でも全然食べないのは駄目よ。ただでさえ秀介さんは偏食なんだし」

「余計なお節介焼きやがって……お前は俺のお袋か」


テーブルに頬杖をつき、そっぽ向きながら不貞腐れる秀介さん。

そんな彼を横目で見ていた清一君は苦笑している。


「野菜は美容にいいのよ、叔父さん」


凛の前の木皿には山盛りのサラダが置かれている。

彼女からは米を少なめ、野菜を多めにと要望があったので人一倍量が多い。

秀介さんがそれを一瞥し、ため息をつく。


「それならハンバーグに入ってるだろ」


ほれと指し示されたハンバーグに目を落とす。

なるほど。子供みたいな屁理屈。

呆れた、と秀介さんに半目を向ける。


「玉ねぎだけ、ね」

「それで十分だ」

「いいえ。ノーカウントです」

「くそっ。夜に小さいスーパーに連れて行くべきだったか」

「それは置いてある野菜の種類が少ないから?それとも売り切れてる望みに賭けて?」

「よくわかったな。どっちも正解だ」

「まあまあ。叔父さんも早紀さんも。冷めちゃうので早く食べませんか?僕お腹が空きました」


互いに笑顔で火花を散らしていると清一君が間に割って入る。

その言葉でお互いに前かがみ気味になっていた上体を引き、息を吐く。

それから気を取り直し、皆でいただきますと声を揃えそれぞれ食事に手を付け始める。


「早紀さんハンバーグ美味しいです」

「そう?よかったー」


嬉しそうな顔の清一君に褒められ、ほっと胸を撫で下ろす。

喜んでもらえてよかった。

ふと目の前を向けば秀介さんが葉物野菜を嫌そうにまじまじと見つめてから箸でつまんでやけくそ気味に頬張っていた。偉い偉い。


「ところであんたは就職活動上手くいってるの?」


黙々と食べていると凛がふいに近況を訊いてきた。

持っていた箸を静かに置く。

うう。あまり触れて欲しくないことを……。

清一君の就職の流れから話すことになるかもと覚悟はしていたけど良い報せは出来そうにないので尻込みしてしまう。

しかし、曖昧に返事をするのも意味のない嘘を吐くようで嫌なので正直に答える。


「やめた時期が悪いのか……事務職自体あんまり募集がなくて……選ばなければあることはあるんだけど、給料が安くって。一人暮らしするとなるとそれなりの手取りがないとねぇ」

「実家には帰らないの?」

「帰らないわ。あんな田舎。私は都会に憧れてここに来たの。絶対に今の便利な生活を手放さないわ」


思わず言葉に力が入る。

少し強い言い方をしてしまったが、凛は特に気にすることなく……というよりジトッとした目を私に向けた。

呆れたような、何か言いたげな表情だ。


「あんたさ、田舎が嫌って言ったけど、ここ都会じゃないから。田舎だから。遊びに行く候補先で真っ先に大きなチェーン店のショッピングモール思い浮かぶ時点で、ここ田舎だから」


凛が田舎を強調させたツッコミを入れる。

いいえ。貴女は本当の田舎を知らない。

バスが一時間に一本あるかないか。車は一家に一台は必須。

遊ぶところも古びたゲームセンターか少し大きなスーパーしかなく、行く先々に学校内の見知った人物に高確率で出会うのが田舎だ。

プライバシーのかけらもない。


「私からしたらここは十分都会なのよ」

「そんなに都会がいいなら東京とか行ったらよかったんじゃない?」

「と、ととと東京なんてっ!そんなっ!私みたいな田舎者が住むなんて恐れ多いっ!」


凛から飛び出た単語に驚き、両手を前に出して頭を振った。

一度は考えたが、田舎者が一気にキラキラした都会に行くなんてやはり尻込みしてしまう。

修学旅行で行っただけでもあまりの人の多さと建物の多さに驚き、戸惑ったのだ。

旅行ならまだしも、一人で住むだなんてハードルが高すぎる。


「なるほど。東京に行く勇気がなかったから地方の県庁所在地で妥協したんだ。ぷぷぷ。怖気づいてやんの」


凛がニヤニヤしながら口元に手を当て笑う。

明らかにからかわれているが、言っていることは正しいので反論はしなかった。

とはいえ、図星を突かれちょっと恥ずかしい。


「僕は早紀さんが東京に行かないでよかったって思ってますよ」


不意に言われた言葉に顔を清一君に向ければ穏やかな笑みで私を見ている。

どうして私が東京に行かないことで彼が安心するのか。


「だって東京に行ってたら僕たち会えてなかったじゃないですか」


彼は優しい口調で私の疑問の答えを口にする。

純粋に、素直な気持ちで思ったことを言っているのだろう。

彼の包み隠すことのない性格は長所だ。

とはいえ、これに対してどう私は応えるべきなのか困るところ。

何を返事するにしても照れ臭い。


「わ、私も皆に会えてよかったと思ってるわ」

「え?私と叔父さんも含まれてるの?」


素っ頓狂な声をあげる凛。

清一君だけと向き合うのが恥ずかしいという理由もあったが、その言葉に嘘偽りはなかった。


「高校卒業してからずっと一人暮らしだったから。こうやって皆で食卓を囲めるのは正直、楽しいのよね」

「ふーん。そうなんだ。……まあ、私も会えてよかったと思ってるわよ。このハンバーグも美味しいし」


凛が髪を指でくるくると弄りながら満更でもなさそうに口角を上げている。

素直に気持ちを伝えるところがお兄ちゃんにそっくりなのよね。

二人を交互に見て、ひっそりと思う。

この兄妹は……とても可愛い。


「叔父さんもそう思うでしょ?」


会話を聞いているのか聞いてないのか。

手を止めずに黙々と食べていた秀介さんは話を振られると顔を上げた。

もぐもぐと咀嚼し吞み込んでから口を開いた。


「そうだな。とりあえず一安心だ」


チラリと私の顔を見てそう応えると彼は再び手を動かし食事を再開した。

……変な言い方だ。

引っかかりを感じたが凛が同意を得られて満足したのか「でしょー」と返事をしたので訊くタイミングを逃してしまった。

些細なことではあったので夕食後もそれに関して秀介さんに問いただそうとは思わなかった。




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