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久我家の人々  作者: にけ
7/11

やりたいこと


居候し始めて一週間が過ぎた。

早くも久我家の三人と距離が近づいていると感じている。


凛も最初は人見知りをしていたのか素っ気ないような話し方をしていたが、最近は友達のようなお喋りをするようになった。

現役大学二年生で少女漫画が好きという話まで聞くことができた。

心を開いてくれているんだなと実感がわく。(あんた呼びは変わらないけど)


秀介さんの本業は小説家。

それとは別にクラウドソーシングで気分転換がてらに他の仕事も請け負っていることもあるらしい。

彼とも交流を重ねて砕けた話し方になり、私は下の名前を呼び捨てされるようになった。

それからちょっとした問題も解決している。

時を遡り居候二日目の夜、意を決して秀介さんに話しかけた。


「秀介さん、一つだけお願いがあるんですけど……」

「なんだ?」

「パンイチやめてもらえませんか?」


見つめ合い沈黙が生まれる。

秀介さんは腕組みし思案するように瞳を閉じて首を伸ばし顔を上げる。

私は静かに待つ。

そうして数秒、彼は目を開けると私に顔を戻した。


「どうして俺の家なのに気を使わねばならん」

「や、それはそうなんですけど。目のやり場に困ると言いますか。気になってしまって……」


家主に意見はできるならしたくはないけど、父も弟もパンイチ族ではなかったのでどうにも見慣れない。

まあ、断られたとしても毎日見ていれば何の感情も抱かなくなるでしょうから、軽い気持ちでの物申しだ。

初日も昨日も終始パンイチのままだったし。

しかし、その状況に慣れきってしまうのもいかがなものかとも思う。


「はあ。分かった。配慮しよう」


こういうやり取りがあったことで今の秀介さんはシンプルな甚平を着こなしている。

大人の男性の色気もあり、彼によく似合っている。


清一君はよく家事の手伝いをしてくれる。

二人でやるとあっという間に終わってしまうのでやっぱり家事する条件での居候は少し申し訳なく感じる。

ただ清一君は嬉々として手伝ってくれてるのでついつい甘えてしまう。

そうなると自然と一緒にいることが多くなり会話も増える。

大学はもともと経済学部だったが、やりたいこととは分野が違うとのことだった。

やりたいことがどんなことなのか訊いてみると決まったら教えてくれると言われ、少し楽しみにしている。

そんなこんなで私は居候生活に慣れ始めていた。


「まったく。人をいいように使ってくれたな……」

「まあまあ。自分の家のことなんだからいいじゃない」


秀介さんが買い物で車を出してくれるとのことで好意に甘えすぎた結果、食材、日用品を十分に買い揃えることができた。

二人で持つ分には少々荷物が多かったが、満足いく買い物ができた私は至極機嫌がよかった。

そんな私に対してしかめっ面の秀介さんは散々買い物に付き合わされた挙句重い荷物を持たされストレスを感じてるよう。

ルンルン気分で、秀介さんが玄関先で鍵を開けるのを待つ。


ドアを開け、家に入ると「ただいまー」と自然と口から零れ出る。

私もここに住んでいる一員として慣れてきたものだ。

……さすがに慣れるの早い?


「信じらんない!今からでも断ったほうがいいってお兄ちゃん!」


凛の大きな声が聞こえた。

怒りを含んでいる声音に、言い争っているのかと思ったが清一君の声は聞こえない。

凛が一方的に何かを訴えているようだ。

何事かと秀介さんと顔を見合わせる。

リビングに入ると予想通り清一君と凛の二人がいた。


「凛、どうしたんだ?」

「あ!叔父さん!聞いてよ!ほんと信じらんないの!」


眉根を寄せて明らかに機嫌が悪そうな凛が秀介さんに顔を向ける。

様子を窺うように清一君に目をやると彼は少し困惑した表情を浮かべていた。

気になったはものの、余所の家の問題に部外者が首を突っ込むのもよくない。

私は耳は傾けつつも買ってきた食材などを片付けることにした。


「お兄ちゃんの働き先が決まったのよ!」

「へぇ。いいことじゃないか」


秀介さんは荷物を置くと、すぐに電子たばこを取り出して吸い始めていた。

ふーっと息を吐く彼はリラックスしたようで顔のこわばりが消えていた。

私はどんな言葉が凛の口から飛び出るのかと軽く身構えていたが秀介さんの返事に同意だった。


(本当に。いいことよ。だけどそっか……先越されちゃったな)


聞いた事実に、ただただ穏やかな気持ちに包まれる。

清一君が働くことに対して前向きに頑張ろうとしている。

なんだか自分のことのように嬉しいな。


「違うの!その働き先に問題があるのよ!」

「は?営業とかそういうのだろ?」

「介護職よ!だから、どうしてそんな一番大変そうな仕事を選んだのって話よ!」


凛の言葉に秀介さんはきょとんとしていた。

私も多分同じ顔をしている。

清一君に視線を移せば、照れているのか頬を指で掻いていた。


「昔から気になってはいたんですが、踏ん切りがつかなくて……」

「あー……そういえば昔そんなこと言ってたな。最近は何も言わなくなったからてっきり諦めたもんだと思ってたが」

「はい。そのつもりでした。だけど早紀さんの言葉を聞いて、思い切って挑戦してみようかなって思えたんです」


私の言葉で――?

不意に彼の口から私の名前が出てきて清一君を見つめる。

紐付けする記憶は婚活パーティーでの発言。

まさか、あれで?


「お兄ちゃん!介護ってのはそう簡単なものじゃないのよ!力仕事なんだから、お兄ちゃんみたいな貧弱な体だとすぐ倒れちゃうわよ!」

「酷いな凛。こう見えても僕、結構力あるんだけど」


凛の言葉に初めて清一君は不満げに抗議した。

とはいえ、凛の言うことも一理ある。

こう言ってはなんだけど、清一君は見るからに力仕事をしそうな体系ではない。

服の上からだからわからないが、ぱっと見て線が細い体型をしている。

しかも顔とスタイルはいいのでアイドルとかモデルとかの方が向いているだろう。

……ここが東京とかであればの話だけど。


「はー。清一……介護なんていつでも就けるんだから他の職種にしとけって言っただろ」


秀介さんは首の後ろを片手で撫でながらため息とともに呆れたようにそう言い放つ。

……なんだろう。

清一君が折角頑張ろうとしているのに、先ほどから二人の責めるような言い方に私は少しムッとした。


「いいじゃない。本人が介護したいっていうならやらせれば。私は応援するわ、清一君」

「はい!頑張ります!」


私が笑顔で清一君に両手でガッツポーズを作ると、彼も笑顔で同じようなポーズで返事した。

素直な彼を見ているとなんだか弟のように思えてくる。

……実際の弟はこんなに可愛くないのだけど。

私たちのやりとりを見ていた秀介さんは大きくため息を吐いた。


「だからってそんなに急いで決めなくてもよかっただろう」

「そんなことないわよ。卒業してから半年経ってるんだから寧ろ遅い方よ。それにお金のことだってあるでしょう?」

「……そうか。早紀は知らないのか」


思い出したように呟かれた言葉にどういうことだと首を傾げて続きを待つ。

秀介さんはゆったりとした動作でタバコに口をつける。

ふーっと息を吐いてから話し始めた。


「久我家はもともと大地主なんだ。清一も曾祖父から生前贈与してるから、家賃収入は勿論のこと、それとは別に株式運用もしているから配当の収入もあってな。まあ、それらを鑑みてもこいつは急いて働く必要はないってわけだ」


説明を受けて一瞬呑み込めなかったが、彼の立場を徐々に理解をする。

清一君は要するに不労所得があるということ。しかも大地主の家系。

と、いうことは……清一君、私よりお金持ちじゃない!


見た目とか物腰の柔らかさで育ちがいいとは思ってたけど、まさか本物のお坊ちゃんだったとは。

清一君に目を向けると躊躇いがちににこりと笑いかけられその姿がやけに眩しく見えた。

私とは住む世界が違ったのね……!

改めて婚活パーティー時に醜態を晒したことを自覚し、熱くなった顔を両手で押さえる。


「そういえばお前、在学中に友達と一緒にゲーム作って相当な数字いってなかったか?」


もういいから!清一君が凄いってことは十分わかりました!

自覚がないとはいえ、私に追い打ちをするように秀介さんは清一君に問いかける。

清一君は「えーっと」と困惑しながら目を泳がせ、私をちらりと見た。

ほら、気を使われてるじゃない。


「経緯はわかったわ。だけど、清一君のことをよく知らずに焚きたててしまったのは私だから、二人とも責めるなら私を責めて」

「それは違います!早紀さんは僕に勇気をくれたんです!」


間髪入れずに異議を唱えた清一君はソファから立ち上がり、私の前まで歩み寄る。

彼は向かい合うと私の両手を掴み胸の前まで持ち上げ、ぎゅっと握りしめた。

顔を上げて見れば彼の真摯な瞳に目が奪われる。


「初めてお会いした時、僕を応援するって言ってくれましたよね?あの時、僕を見つめる早紀さんから真心が伝わってきたんです。そうしたら挑戦してみようって気持ちが湧き出てきて、前向きになれました。だから、早紀さんは僕にとっての原動力なんです」


清一君の思いに耳を傾けて、私は目を見開き感銘にも似たような感情を抱く。

彼を応援する気持ちに嘘はない。

けれど、会って間もない私の言葉だけでここまで突き動かされるものなのだろうか。

それほどまでに清一君は純粋ということなの?


「あー。とりあえず、いちゃつくならならあっちでやってくれないか?」

「いちゃついてないわよ」


気を取り戻した私は廊下を指さしている秀介さんにジト目で反論する。

清一君も我に返ったようで見る見るうちに顔が赤くなり私の手をパッと離す。


「す、すみません。許可もなく触れたりして」


彼はあたふたと後ずさると瞳を伏せつつ私と横に逸らすのを交互にしていた。

明らかに羞恥からの動揺だった。


「気にしないで。それに清一君の本心が聞けてよかったわ。私が申し訳なく思うのは違うってことに気づけたから」


安心させるように笑いかける。

効果はあったようで清一君は目を彷徨わせるのをやめて、ほっとした表情を浮かべた。


「まあ、あれこれ言ったものの決まったもんは仕方がないな。やってみて駄目なら辞めればいいだろ」

「うーん……それもそうか。百聞は一見にしかずって言うもんね。じゃあ、いっか」


秀介さんの言葉に凛は諦めたように肩を落とし息を吐いた。

その途端あっさり彼らは清一君の話題から離れ、それぞれ違うことをやり始めた。

……騒いでた割には手のひらを返したように関心がなくなるのね。

マイペースな彼らに呆れを通り越して感心してしまう。

取り残されたかのような雰囲気になってしまったが、改めて清一君に目を向ける。

彼はマイペースな二人に苦笑いしていた。

清一君はやりたいことに対して一歩を踏み出した。

そんな彼を、私は応援したい。

自分の中の迷いのない気持ちに口角があがる。


「よし!今日は清一君の就職祝いに好きな物作ってあげる。食材は色々買ってきてるから何でも言って」

「そ、それじゃあハンバーグでお願いします」


笑顔で尋ねれば清一君はどぎまぎした様子で答えた。

ハンバーグか……材料も揃ってるから大丈夫そう。うん。


「付け合わせの野菜はなくていいからなー」


秀介さんからすかさず横やりが入る。

……地獄耳かな?

彼は野菜が得意ではなく出しても残そうとする。

しかし、ハンバーグを作るとなったらニンジンのグラッセと野菜のスープも作るし、なんならサラダもしっかりつける予定だ。

私は秀介さんの発言を無視して清一君に「頑張って作るわ」と返事した。




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