久我家へ
目を覚まし、スマホの電源を入れると18時。
確認後スマホに充電ケーブルを差し込み、適当に置く。
寝たままベッドの上で体全体で大きく伸びをする。
ふうっと一息ついてから起き上がる。
冷蔵庫からコンビニ弁当を取り出し電子レンジで温め、その間に顔を洗う。
レンジはまだ動いていたため、温め終わるまでレンジの横で待機。
温め終わった弁当を取り出し、テーブルの上に乗せてから腰を下ろす。
弁当を食べ終え、後ろ手を床につき少し休憩。
(……あまりにもゆっくりしすぎか?)
天井を見上げながら、半眼になってツッコミを入れる。
無職になってまだ二日目。まだ焦らなくてもいいだろう。
とはいえ、各種手続きの準備はしなくては。
スマホの充電蓄積量を確認してからケーブルを外し、やる事を検索してメモ帳に書いていく。
倒産した派遣元が給与未払なので破産手続開始通知書というものが届くらしい。
それが届いてから職安かな。
となると明日は市役所。あと、履歴書も買っておきたい。
とりあえずメモ帳にまとめ終わった。
私は次の日、私は朝早く起きて市役所へと出向いた。
それだけだというのに待ち時間や移動時間、慣れないことでどっと疲れてしまった。
お店で履歴書を買い、フリーの求人情報誌も持ち帰った。
家に帰ると早速情報誌を開く。
アルバイトがメインなので正社員募集の欄は少なく、これといって惹かれるものはなかった。
ベッドに寝転がりながらネット検索で求人を探したが、自分の条件にあった求人は見つからなかった。(主に給与と年間休日数とか)
その他にも仕事に関する情報集めをしているとあっという間に夜になり、軽く夕食を済ませる。
食後ぼーっと改めて住まいのことを考えてみた。
(久我君の家に住む、か――)
昨日は一時の感情に流されてしまったけど、冷静になってみれば会って間もない人の家に居候するなんて非常識だよね。
それにこれ以上あんな良い人たちに迷惑をかけるなんてもってのほかだ。
(……うん。やっぱり断ろう。)
前向きに考えると返事をしたので、断ったとしても約束を破ったわけではない。
久我君にメッセージを送るためにスマホを掴み、にらめっこする。
これ以上お世話になるなんて申し訳ないわ。
ただでさえ酔っ払っていた私を介抱してくれて、家にまで泊めてくれたというのに。
これ以上何かを求めるなんて――。
そこではたっと気がついた。
(あれ?私お店の料金支払ったっけ?)
眉間に力を入れて記憶を辿りひねり出そうとするもやっぱり身に覚えがない。
慌てて久我君に連絡する。
『久我君、覚えてなくて申し訳ないけど一昨日のお店の支払いどうなった?』
どくどくと心臓の鼓動が大きくなる。
嫌な汗が全身から流れでる。
どうか、どうか支払ってますように。
緊張した面持ちで返事を待っていると、メッセージの通知が届いた。
『僕が払いましたよ』
キリッとした犬のスタンプが貼られる。
私はそれを見た瞬間、両手で顔を覆う。
う、嘘でしょう!?
受け入れたくなかった結末が現実のものとなった。
急いでメッセージを送る。
『ごめんなさい!次会った時に必ず返すから!』
『大丈夫ですよ。今回は僕に花を持たせてください。それより、早紀さんが使う部屋凛と一緒に片付けて綺麗にしときました。なのでいつでも来てくださいね』
最初の文に対しての返事を返そうと気を張っていたが、後半の文章を読んでぎょっとした。
こ、行動が早い!提案されたのって昨日だったよね?
お待ちしてますという犬のスタンプが貼られる。
……犬好きなのかな?
って、そんなこと考えてる場合じゃない。
え、えっとお金のことと家のことに返事を返さなきゃ。
『奢ってもらうなんて悪いわ。私から誘った上にお酒結構飲んじゃったし。私のために掃除もしてくれたんだ。大変だったでしょう?』
『いえ。早紀さんが住むことを凛と色々話しながら作業してたのであっという間に終わりましたよ』
ど、どんなこと話していたんだろう。気になる。
だけど、まさか一日で受け入れる準備を整えてくれるなんてあまりにも予想外だ。
長考したあと、念の為確認のメッセージを送る。
『本当に住んでもいいの?』
『はい。僕も凛も楽しみにしてますよ』
迷いない返事が返される。
予想以上の歓迎ムードで今更断るのも憚れる。
どうしてこんなに歓迎されているのかは本当に謎。
久我君が三回と凛は一回しか会っていないのにあまりにも私を信用し過ぎではないだろうか。
万が一私が悪い人間だったらどうするつもりだろう。
とはいえ、そんなことを訊いても気を使わせる返事がくるだけ。
ここは素直にお礼を言う。
『二人とも本当にありがとう。準備ができたら連絡するね』
『お待ちしてますね』
おやすみなさいのスタンプを送り合い、私はスマホをテーブルに置いた。
……ふ。ふふふ。なんてこと。後戻りができない。
彼らの顔を思い出せば好意を無下には出来なかった。
……それよりも。
家のこともそうだけど、お金の件が正直やらかした感が強く頭を抱え込んだ。
二度あることは三度あるというけれど、こんなに続けざまに失態することなんてないでしょう!?
酒を飲みすぎた自分を心で罵倒しながら寝床に入り布団にくるまった。
そして一週間後――。
私は久我家の居候として暮らすことになった。
とりあえずお試しで住んでみて互いに不都合がないかの確認のために。
荷物はとりあえずキャリーケースだけ。
必要最低限を詰め込んでいる。心持としてはちょっとしたお泊り気分。
まあ、一か月くらい身を置けば色々と見えてくるものもあるだろう。
立ち退き期日も数か月の猶予があるため、今の家は契約したままにしている。
なので久我家が駄目になっても他の賃貸を探せるだろう。
久我君に家に迎え入れられ、リビングに通される。
ソファに座っている秀介さんと凛が顔をこちらに向ける。
「おう。来たか」
「久しぶり」
二人は立ち上がり、のんびりした足取りで私の元へと歩み寄った。
相変わらず秀介さんはパンイチ姿。
意識しないようにする。
「今日からお世話になります。あの、これつまらないものですが」
「こりゃあご丁寧にどうも」
高級菓子店で購入した菓子折りが入っている紙袋を秀介さんに手渡す。
紙袋を広げ中に目を落とす秀介さんの隣で凛が中を覗き込んでいる。
口に合うといいけれど。
――そして、忘れてはいけないあの件。
私は手に持っていた手提げ鞄からお金の入った封筒を取り出すと久我君に差し出して頭を下げた。
「久我君、お金立て替えてくれてありがとう!」
正確な金額が分からなかったため、お店を調べ大まかな金額を割り出し、多めに突っ込んでいる。
差し出した封筒はすぐには受け取られず、久我君の困惑した様子が伝わってくる。
「え?あの話は僕持ちで終わりましたよね?」
「お願い、受け取って!じゃないと私の気がすまないの!」
押しつけがましいかもしれないけど、迷惑料も兼ねている。
勿論、これで今まで貰った恩を返しているつもりはない。
言ってみればただの自己満足のため。
おずおずと久我君の顔を上目遣いで見上げれば、彼は困ったように頬を指で掻いた。
「清一、受け取ってやれ」
「え、でも……」
「見ていて可哀想だ」
秀介さんが私に哀れんだ眼差しを向ける。
ここぞとばかりにそれに同意し、こくこく何度も頷いた。
そのやり取りで久我君は、ようやく折れてくれたようで、苦笑いしながらお金を受け取った。
「なら今度は僕が奢るので、また一緒に食事行ってくれますか?」
「もちろん!」
笑顔で答えると久我君は頬を綻ばせた。
お金を受け取って貰えたことで胸につっかえていた物が解消される。
晴れ晴れとした気持ちで姿勢を正して久我家の三人に向き合う。
「改めて秀介さん、凛、久我君、よろしくお願いします」
並んでいる順に声をかけ頭を下げる。
再び顔を上げるときょとんとした表情の秀介さんと凛が視界に入る。
え?どこかおかしかったかな?
不安になる私を余所に、秀介さんと凛は図ったように同じタイミングで久我君の顔を覗き込む。
私も続いて彼を見れば微笑む顔がぎこちなく、わずかに強張っているようにも感じた。
「どうしたの久我君?」
「え? あ、いえ。その……」
心配して声を掛けると久我君ははっとして慌てふためいて、秀介さんと凛の方をチラリと見る。
彼らは特に反応することなく久我君を見つめている。
再び私の方を向き、躊躇いがちに口を開いた。
「い、いつのまに凛呼びになったのかなって気になってしまって」
「私自分から言ったもーん」
私が答えるより早く、凛がツンとした態度で子どものように言い放つ。
なるほど。確かに。
妹を急に呼び捨てで呼んだら驚くのは無理もないか。
納得し、私は彼女の言葉を補うため説明する。
「凛の言う通りで、この前直接凛って呼ぶように言われてたの。初めて呼んだから驚かせちゃったわね」
「あ……そうだった……んですね」
「ぷっ」
久我君の発した声がしりすぼみになっていくと、不意に秀介さんが吹き出した。
反射的にそちらに注目する。
彼はそっぽ向き片手で口を押さえ体を震わせ必死に笑いをこらえているようだった。
……笑える要素なんてあったっけ?
やり取りを思い出すが特別可笑しい所はなかった気がする。
「す、すまない。続けてくれていい」
震える声で秀介さんは言った。
顔はこちらに向けず口元を手で押さえつつも、空いた掌を私たちにかざしながら。
思い出し笑いとかそういうものなのかもしれない。
構うなと言われているのだからそっとしておこう。
秀介さんから顔を戻すと凛と目があった。
「そうだ。あんたの部屋の案内してあげる」
「え?」
「こっちよ」
久我君の疑問に対する返答は終わったが、まだ何か言いたげな顔をしていることが気になった。
しかし、凛がすたすたと廊下に向かい始めるので躊躇いはあったものの彼女に付いていった。