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久我家の人々  作者: にけ
3/11

目覚めると見知らぬ天井


重たい瞼を開けると視界がぼやける。

どうやら寝てしまっていたようだ。

背後に当たる感触はふかふかと柔らかい。


……ん?なんで私は仰向けに寝ているの?


寝ぼけ眼が徐々に覚醒していくと薄暗い部屋の見知らぬ天井が視界に映った。

慌てて起き上がれば、ベッドの上で寝ていたようで周囲には見覚えが全くない家具が置かれている。

誰かの部屋だろう。


……え?ちょっと待って。私、昨日なにしたんだっけ?

確か久我君と飲んでて――。


頭を押さえて思考を巡らせてしばしの間の後、ばっと掛布団を持ち上げ自分の姿を見る。

……昨日着た服のままだ。

過ちを犯していないことにとりあえず一安心し安堵のため息をついた。

それから少し冷静になりぐるりと部屋を見回す。


恐らくここは彼の部屋、だと仮定しよう。

なぜ私がここにいるのか……駄目だ。まるで覚えていない。


友人の「あんた飲みすぎると記憶飛ぶからほどほどにしなよ」という忠告が脳裏によみがえる。

その忠告から飲みすぎることはなくなっていたが、倒産プラスの立ち退き要求で思いきり羽目が外れてしまったようだ。


多分だけど……いや、絶対久我君に迷惑をかけた。

会うのは二回目だというのに前回に続いてまた失態を犯してしまったのか。

別に彼を狙っているわけではないので好感の良し悪しはこの際関係ないが、人様に迷惑をかけてしまったことに対して酷く後悔した。


あんな良い子に二度もやらかしてしまうなんて――。

ぼんやりと彼の優しい笑顔を思い出す。

背景には昨夜の居酒屋の店内が映し出されている。


そこから徐々にクリアになっていく頭に、私は昨夜のことを思い出してきた。

そうだ。

何杯目かの酒を呷った後、派遣元の倒産、アパートから立ち退き要求されていることを赤裸々に話した挙げ句、泣上戸になって「私が何したって言うのよ〜」って泣きながら机にうつ伏せになったら久我君が優しく肩を擦ってくれて――。

そこから意識が……ってことはこのあと寝ちゃったんだわ!

私、思いっきり絡み酒してるじゃない……!


ショックのあまり膝を抱え込み、顔を入れ閉じこもる。

二度も、二度も醜態を晒してしまった。

最悪すぎる。穴があったら入りたい……。


状況に合う効果音を入れるならガーンという音が鳴り響いているだろう。

しばらくそのままでいたが、こうしていても過去を変えることはできない。

とりあえず謝って、いや、もうこれは土下座するレベルの謝罪をしなければ。


覚悟を決めると布団から出て、部屋の扉を開ける。

廊下に出たようで明かりはなく薄暗い。

見回せば私がいた部屋とは別に扉がいくつかある。

壁に照明のスイッチらしきものを見つけるがどこのスイッチか分からないので安易には触れない。


……広い。

造りは恐らくマンションのようで、壁といい扉といい真新しさを感じる。

出来て数年しか経ってないのかもしれない。

私はどの部屋に入るか迷ったが、一つだけ作りが違う扉が目に入った。


ドアにすりガラスが嵌められており、光が漏れている。

ここがリビングではないかと思いノックした。……返事はない。

悪いと思いつつもドアをそっと開ける。

久方ぶりの光が顔に当たり眩しい。明るさの度合いから日の光だろう。

あまりの眩しさに私は目を細める。


予想通りリビングのようで大きな窓の前に誰かが日の光に照らされて立っている。

久我君?と思ったが声を掛けずリビングへと足を踏み入れその姿を見つめる。

段々と視界が光に慣れてきた。

そこにはパンイチの男が背を向けて立っていた。


「えええー!?」


思わず叫び、腰が抜ける。

私の声で男は振り向く。

逆光で見えづらいが知らない顔だ。

久我君ではない。


「お。起きたか。清一ー、お前の連れてきた女、起きたぞー」


取り乱している私に構うことなく、男は私とは違う方向へと言葉をかけると手に持っていた電子たばこに口をつける。

とりあえず知らない男性の身体をジロジロ見るものでもないので両手で顔を覆う。


「あ。川上さん起きたんですね」


久我君の穏やかな声が耳に入り、そちらに顔を向ければ壁から久我君が顔を覗かせていた。

よかったー!知らない男の家に勝手に上がり込んだのかと思ったー!

全然よくはなかったが、見知った声を聴けば少しは安心できた。

とはいえ、この知らない男は何者なのか、どうしてパンイチなのか疑問は尽きない。

……あれ?私は何しに久我くんを探していたのだっけ?

首を傾げつつも口を開く。


「あの、お、起きたのだけれど、そ、そちらの方は」

「あ。紹介しますね、こちら僕の叔父さんの秋介さんです」

「清一の叔父の久我秀介だ。よろしくな」


え?この状況で自己紹介が出来るの?

いや、私からそちらの方は?と尋ねてはいるのだから対応としてはあっている。

クエスチョンマークが頭を乱舞する。

顔を手で覆いつつ改めて秀介さんを見上げる。

叔父といっても茶髪のウルフカットに精悍な顔つきをしており、若く見える。

とはいっても三十代から四十代くらい。

だけど久我君の年齢を考慮しても若いと思う。


「なにやってるの?」


鈴を転がしたような声が降ってきて振り向き見上げれば、開かれた扉の入り口にモデルのような美女が立って私を見下ろしていた。

黒く艷やかな髪は背中まで伸ばされ、スラリとした体躯に肌は白く、小さい顔は切れ長の目と形の良い唇、鼻筋も通っている。

雰囲気から若干の幼さを感じさせるため、十代後半から二十代前半だろう。

あまりの美しさに思わず見とれて目を奪われれる。


「あ。凛。川上さんに叔父さんを紹介してたんだ」

「ふーん」


興味のない相槌だった。

しかし、私は女性がいることで少しの安堵を覚えた。

どういう関係かは知らないが男二人に一人では心細さを感じていたから。

しかも一人はパンイチ。どうすればいいというのか。


「あ。川上さん、この子は僕の妹の凛です」

「久我凛です。なんだかよく分からないけど、よろしく」


え?引き続き自己紹介?

もしかして私が変なの?

頭が混乱してぐるぐると回っていたが、自己紹介されたのならこちらも自己紹介するのが礼儀というもの。

私は自分を振るいたたせ、立ち上がった。


「川上早紀です。よろしくお願いします」


頭を下げる。

……なにをよろしくするんだろう?

光沢のある床を目にすると心が落ち着きを取り戻し、静かに自分に対しツッコミを入れていた。

顔を上げれば久我君はにこにこと笑いかけ、他二人は真顔で私に視線を注いでいる。

なんともまあ居心地の悪い。

ぎくしゃくして(どうしてこんな事になったんだっけ?)と考えればはっと思い出す。


そうだ!私酔っ払ってこの家に迷惑かけたんだった。

よろしくお願いしますじゃない。よろしくされてました、だ。

血の気が引いた私は勢いのまま床に倒れ込むように土下座をした。


「え!?川上さん!?」

「大変ご迷惑をおかけしました!酔っ払った挙げ句に人様の家に一晩泊まってしまって!お詫びのしようもございません!」

「大丈夫ですから!川上さん!気にしないでください!」


久我君の声が近いことから屈んでいるのだろう。

それでも私は頭を下げ続ける。

下げ続けたところで許してもらう気はないが、謝罪はしっかりしなければならない。


「川上さん」


ふと、頭上から久我君の声が降ってきて少し頭を上げて空間を作り上目遣いで見やれば、心配そうに覗き込んでいた彼の目とバチリと合った。

途端に、顔に熱が上昇し弾け飛ぶように上体が仰け反った。

び、びっくりした。

驚く私を余所に、久我君はほっとしたような表情を浮かべていた。


「よかった。このままずっと顔を上げなかったらどうしようかと思いましたよ」

「え、あ……し、しまった……」


不覚にも頭を上げてしまったことに対して悔やみつつも、顔の熱は下がらなかった。

顔が近かったからという条件反射みたいなやつなので、好きとかそういうわけではない。


「僕は川上さんと一緒に食事ができて楽しかったし、こうやって今日も会うことができて嬉しいです。だから、迷惑だなんて思ってませんよ」

「い、いや、でも久我君が良くてもお二人がご迷惑だったんじゃ?」


久我君の笑顔に絆されないように、彼の背後にいる秀介さんたちに目を配る。

彼らは私たちのやり取りを興味深げに見ていたようで、話を振られると互いに顔を見合わせた。


「俺も迷惑なんて思ってないぞ」

「私も。そもそもあんた寝てただけだしね」


きょとんとした表情で返される。

本当に迷惑だなんて微塵も感じていない表情だった。

久我家って懐が深いの?

不思議なことだらけで困惑する。


というのに、お腹がぐーっと音を主張させた。

ば、馬鹿!どうして空気を読まないのよ!

慌ててお腹を押さえるも時すでに遅し。

恐る恐る三人の様子を窺えば私のお腹に視線が集中している。

き、消えてしまいたい……。


「朝ごはん一緒に食べましょうか」


にこりと久我君に笑いかけられたと同時にこれ以上ないほど顔に熱が集中し、気まずい思いで「うう……」と唸った。





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