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久我家の人々  作者: にけ
2/11

怒涛の一日


最悪な出来事というのは、負の連鎖のように起きてしまうのか。

それともただ単に私の運気が低下しただけなのか。


婚活パーティーから一夜明け、派遣先に出勤すると早々に部長に呼び出されていると報せを受ける。

不思議に思いながら出向くといつもは気さくな部長が固い面持ちで私に向き合った。


「おはよう川上さん」

「おはようございます」

「もしかしたら、すでに連絡が来ているかもしれないけど……」

「はい」

「君の派遣元の会社、倒産するんだってね」

「はい?」


寝耳に水で思わず素っ頓狂な声を上げて訊き返してしまった。

部長が焦ったように「まだ聞いてなかったんだね」と気遣うように優しく声を掛ける。


「それでね、うちは派遣元と契約しているから、この場合川上さんとの契約は自動的に解除になってしまって……」


その後、申し訳なさそうに告げる部長をこれ以上困らせることなく気丈に振舞い話を終えた。

とりあえず出勤したが、このまま帰ることになり明日からも出勤しなくていいそうだ。


繁忙期も終えて仕事は落ち着いているから私がいなくても問題ないということか。

派遣先の会社は他にも派遣元があるので私の代わりはそこから補充するのかもしれない。


会社を背にし、派遣元へと電話を掛けるが通話中なのか一向につながらなかった。

私以外に契約していた人たちもいるのでてんやわんやなのかもしれない。


電話を掛けるのをやめ、私はスーパーに寄った。

籠にビール缶を入れて会計を済ませ、電車に揺られて帰宅した。

服を着替えず、テーブルの前に腰を下ろし買ってきたビール缶を手に取りプルタブを指に引っ掛け力を入れる。

カシュと軽快ないい音が耳をつく。


「(倒産か――)」


ビール缶片手に突きつけられた現実を漠然としか受け入れることができなく、茫然としていれば、スマホの着信音が鳴り響いた。

ほとんど無意識に通話をすれば相手はアパートの管理会社からであった。


「いつもお世話にになっております。私、アパート管理会社の○○というものです。川上早紀さんのお電話で間違いないでしょうか?」

「はい。そうです」

「実はアパートの建て替え工事についての件なのですが――」


そうだった。

二か月前くらいにそんな通知が届いていたことを思い出す。

改めた連絡は後日と書かれてあってその時でいいやと、仕事の忙しい時期も相まって放置していたのをすっかり忘れてしまっていた。

だけど、なぜこのタイミングで連絡が来てしまうのか。

頭痛を感じ額を押さえる。


退去をするか、仮住まいを考えているなら紹介できる物件ありますよ、などの話に最後まで耳を傾け、またこちらから連絡すると返事をして通話を切った。

片手にはスマホ、反対の手にはビール缶を持っている腕を投げ出し、文字通り放心する。


既に築50年経過しているアパートはぼろいが、駅から近く通勤が楽なので気に入っていた。

まあ、その職場も明日から行かなくてもよくなったのですけど。

自虐的に笑い、ビールを呷る。


「(いつまでも派遣社員に甘んじていた私にも責任があるか)」


派遣社員になる前までは高卒で就職した先で事務として働いており、性格のきついお局とも当たり障りなく付き合えていた。

しかし、4年経った頃中途採用の若いイケメン男性社員が入ってきた。

性格は人懐っこい人でお局のご機嫌取りがまあ上手い事上手い事。


それが原因でお局が熱を上げたのだが、その男性社員があろうことか私に気を持つ発言をしたことで状況は一変する。

お局の私に対する当たりが強くなり、結局辞めてしまった。

恋は人を変えてしまうというが、他者を巻き込むのはやめてほしい。


そして、次の仕事を探したときに給与が高い派遣社員の募集に惹かれ、そこからずるずるとこの年になっても続けていたということだ。

――仕事に住む場所探し。


一気にやるべきことが押し寄せてきて身体を投げ出すように床に転がる。

仰向けで天井を見つめていれば、眠気が押し寄せてきて、(ああ――寝て起きたら全部夢だったってことにならないかな)と願いながら眠りについた。


目が覚めて、スマホを見ると17時と表示されている。

通知にメッセージが届いており眠気眼で確認すると久我君からだった。


『約束した食事の話なんですが、いつが都合?』


そうか。私は彼と一緒で無職になったのか。

今考えれば、彼に説教した罰が当たったのかもしれない。

それにしては一気に不幸が押し寄せすぎている気がするけど。


食事か。食事……。いや、今は凄く、凄くお酒が飲みたい。

私は少考した後、上体を勢いよく起こした。スマホに指をタップさせた。


『今日行こう!』


ほとんどやけくそ気味に返事を返した。

そうだ。飲もう!飲まなきゃやってられん!

十中八九断られることを想定しての誘いだ。

あまりにも突然、しかも時刻は17時を回っている。

しかし、断られたとしても私は独りで行く!


強い意志でスマホを握り、立ち上がる。

そうと決まれば出かける準備だ。

意気込んでいると手に持っているスマホが震えた。

久我君から返事が届いたようでメッセージを確認して目を疑った。


『どこで待ち合わせしますか?』


彼のフットワークの軽さに静かに驚いた。

ま、待ち合わせどこでしよう!?

私の方が慌てふためき、顔をせわしなくさ迷わせる。


独りで行く気満々だったので、咄嗟に思いつかなかったが、昨日別れた駅前が都合がよいだろうと考えつく。

『駅で待ち合わせしましょう』と返した。

となると、時間は準備も考慮して……。

スマホで電車の時刻表を確認してメッセージを送る。


『時間は十九時半でいいですか?』

『はい。大丈夫ですよ。会えるのを楽しみにしてます』


独りで飲むよりは誰かと一緒にいたほうが暗い気持ちにならなくていいから、誘いを承諾してくれた感謝の気持ちで『私も楽しみです』と返事する。


よし。そうと決まったなら、準備に取り掛かろう!

帰ってきてから化粧も落とさず眠っていたため、まずはシャワーを浴びる。

その後、化粧と着替えを済ませ。髪もセットして準備はばっちり。


予想より早く準備が終わったので、少し早いが一本早い電車に乗って駅周辺をぶらつくことにした。

改札口を出て、昨日久我君と別れた場所を通れば「川上さん」と心地よい声で呼ばれた。

反射的にそちらを振り向けば丸い柱の前で久我君が笑顔で手を挙げて私を見ていた。


ぎょっとして腕時計を確認するが、針は十九時を指している。

遅刻しているわけではないと頭では理解するが、心穏やかではない。

慌てて彼に駆け寄った。


「え!?まだ三十分前だけど、いつから待ってたの!?」


驚きすぎて思わず敬語を忘れてしまう。

しかし、彼は気にしていないようで表情を崩すことなく「ついさっきですよ」と答えた。

……うーん? ぱっと見、本当か嘘か分からない。

待ち合わせ時間には間に合ってはいるのだから、あまり深く追及しても鬱陶しいか。


「そっか。待たせてないならよかった……です」


不自然な口の利き方になってしまったが、これを境に敬語に戻ろう。

いくら年下と言えど礼儀を怠ってはいけないもの。

とはいえ、久我君は弟と年が近いこともありつい気が緩んでしまう。

自分の迂闊さを反省していると久我君がクスリと笑う。


「無理せず早紀さんの話しやすい話し方をしてください。その方が早紀さんと打ち解けやすくなれそうです」

「そ、そう? なら久我君も私に敬語使わなくていいわよ。お互いフランクにいきましょ」

「え!?そ、それは……なんだか恥ずかしいので……」


お互いに敬語なく気楽にと提案したつもりだったが、久我君は言葉に詰まって視線をそらす。

目に見えて照れて動揺している様子。

素の自分を見せるのが恥ずかしいということかな?


「それじゃあお互い、話しやすい話し方で話そうか」

「そうですね」

「よし。そうと決まったところで、ご飯行こうか」

「はい」


声を掛け、先導するように私が歩き始めると久我君も続いて歩く。

入る店は決まっていないが、週の始まりなのでどの店も空いているだろう。

ひとまず食事処が並ぶ通りを目指す。


「だけど驚いたでしょう?急に今日行こうだなんて誘われて」

「確かに驚きましたけど、それ以上に誘われたことの方が嬉しかったです」


ぱあっと明るく眩しい笑顔を向けられ、どん底まで落ちていた心が浄化されるように軽くなる。

本当にいい青年で、なんだか癒やされる。


「そう言ってもらえてよかった~。勿論、今日は私の奢りだから好きなだけ食べてね」

「え?僕が出しますよ」

「いいの!無理に誘っちゃったし、それになんだか無性に人に奢りたい気分なの」


気を負われないように笑顔で言い放つ。

お酒とお金で鬱憤をパーッと発散させたい。

無職になってしまったが、色々考えるのは明日からにしよう。


「その代わりと言ってはなんだけど、行き先は居酒屋でいいかな? あ、お酒飲める?」

「はい、大丈夫ですよ。お酒も嗜む程度には飲めます」

「無理しないでね。嫌って断られても気悪くするほど私繊細じゃないから」

「無理はしてませんよ。寧ろ川上さんと晩酌できるなんて楽しみです」


先程から持ち上げられっぱなしのような気がするが、社交辞令と感じさせないのは彼が笑みを絶やさず、にこにこしてるからだろう。

人懐っこい子なのかな。

居酒屋が並ぶ通りをぶらりと歩き、感じの良さそうな店の扉を開ける。


店内に入ると、醤油を焼いたような芳ばしい匂いが食欲を促し、ゴクリと喉が鳴る。

やはり月曜日ということもあり店内はチラホラと客がいる程度。

店員にテーブル席へと案内され、久我君と向き合って座る。

メニュー表を見て、一緒に選び注文をすれば暫くしてビールとお通しがテーブルに運ばれてきた。

私はそれだけでテンションがあがって両手を合わせ瞳を輝かせる。


「久我君、乾杯しよっ」

「はい」


グラスを持って、久我君の掲げているグラスに向かって腕を伸ばす。


「乾杯〜!」


私の声の大きさに久我君の声はかき消された。

コンとガラスがぶつかる音がして私は上機嫌でビールを口にする。

キンキンに冷えてるし、泡も美味しいし、店内の空間も落ち着く。

当たり前だが、家で飲む缶ビールとはまったく違う。


「美味しいですか?」

「うん!美味しい!」


笑顔で応えれば、久我君も笑顔になった。

不幸が訪れたというのに、とても幸せな気分だった。

ここで理性を働かせお酒を嗜む程度にすれば良かったのかもしれないが、不幸からの反動で幸せになりたい気持ちが溢れ出たのか、私はそれから何杯もお酒を注文した……ような気がする。






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