本当の理由 2
ふうと一息つき、改めて秀介さんに問いかける。
「久我家は誰かに恨まれるようなことをしたってこと?」
「諸説あるが文献だと自ら呪いにかかったとも謂われているな」
「自らって、またどうしてそんなことを!?」
にわかには信じがたいことを告げられ、私は思わず声を張り上げた。
少し大きく驚きすぎたと口元を押さえる。
秀介さんはチラリと顔をリビングの扉へと向ける。
私も倣って向ける。
……どうやら凛は気づいてない。
顔を正面に戻す。
「なんでも昔、久我家の先祖の前に初恋の人が白蛇になって現れ、久我家に繁栄をもたらしたそうだ。で、その代わりに先祖は初恋の人、つまり蛇に一生分の愛を捧げたと謂われている」
「なんだかおとぎ話のようね」
あるいは夢物語。
率直な感想だった。
現代的に考えると蛇になって現れるなんてあり得ないと思うが、妖怪とかそういうものがいたとされる昔ならそういうこともあるのかもしれない。
そういえば蜘蛛もご先祖様の化身だとか聞いたことあったな。
「そこから久我家はヘビを祀り、初恋に執着するようになったらしい」
「な、なるほど」
説明されとりあえず曖昧に頷く。
繁栄をもたらしてるなら……お礼として恋を捧げるのは妥当なのかも?
「まあ、呪いというか久我家の血のせいだろうなこれは」
秀介さんは肩を竦めると深いため息をつき、背もたれに体を預ける。
その自答には諦念の含みがあった。
初恋の人を想い続ける、か。
初恋なんて実らないものと謂われている中で一生その人を想い続けているのは辛いことなのかもしれない。
だけど、それはなんだか――
そこまで考えてふと凛と清一君を思い出す。
私はばっと秀介さんを見据えた。
「凛と清一君の初恋ってどうなってるの?」
「……凛は智之だろうな。さっき智之のことを尋ねてきたのも凛が何か言ってきたからだろ?」
話の流れから彼は察している。
隠す必要はないと考え、私は頷いた。
「バイトするのを智之さんが嫌なんじゃないかって心配してたわ」
「……漫画の影響か?」
ぼそりと呟く秀介さんは、訝しげに眉間にしわを寄せていた。
少女漫画が好きとは聞いていたけど、そこから不安になったってこと?
うーん。でも考えてみれば私だって子供の時に少女漫画読んで、高校生になれば彼氏が当然のようにいるって思ってたんだよねぇ。
漫画のようなキラキラした恋愛をして、とか。
だけど実際に高校生になったらそんなことはなかった。
「まあ、いい。結論から言えばその件は安心してくれ。智之は凛の自由を縛ったことなんて一度もない」
「そうなんだ」
断言されて安堵し胸を撫で下ろす。
秀介さんがふっと柔らかく笑う。
「根幹としてはやはり好きな人に嫌われたくないという気持ちがあるんだろうな」
恋してるから、か。
恋をするとあらゆる感情が揺さぶられる。
それは時に平常心になれないくらい負の感情を生み出してしまう……。
昔の辛い記憶がフラッシュバックし、苦しくなった胸を手で押さえる。
それから秀介さんは凛と智之さんが婚約に至った話をしてくれた。
恋を縛られる宿命を背負っている久我家は初恋の人を出来るだけ囲い込むようにしているらしい。
幼い頃凛が智之さんを好きになったことに気づいた凛の両親が智之さんに婚約の話を持ちかけて二人は縁を結ぶ。
久我家同士だったから凛と智之さんの婚約はそれはもうスムーズで、秀介さんが初恋をこじらせていることも拍車をかける原因になったとのこと。
確かに長年初恋に縛られ続けている人が身近にいれば親なら心配かもしれない。
しかし、話には凛の想いしか語られておらず、智之さんの初恋は凛なのかとふと疑問を口にする。
「あいつは……よくわからないな。少し特殊な例かもしれん」
片手で顎を触りながら目を細め、悩まし気に小さく唸る秀介さん。
特殊とは?
気になったはものの知らない人の事情を聞くのもどうかと思い訊き返しはしなかった。
そんなことより、智之さんの初恋が凛じゃなかった場合どうなってしまうのか。
そう思ったけど、口に出してしまうと現実になったとき怖いからそっと胸の中にしまっておく。
「で、清一の方はおそらく早紀のことを好いているだろうな」
唐突に突きつけられた言葉。
私は咄嗟のことで言葉を返すことが出来ず、ぐっと喉が鳴った。
眉に力が入り反応に困っていれば、秀介さんは口元を緩め微かに笑う。
なんとも居心地の悪い気分になり顔を伏せる。
私が欲しかった言葉はそういうのではなくて、初恋で清一君は苦しんでいないから安心してほしいというものだ。
だってあんないい子が昔先祖が交わした誓約のせいで苦しむなんて酷い話だもの。
というか、何百年前の話なのよ。いい加減無効なんじゃないの?
関係ない第三者の身であるものの不満を抱く。
私が怒ったって仕方のないことなのに。
――久我家は初恋の人を出来るだけ囲い込む。
先ほどの秀介さんの言葉が脳裏によぎり私は顔をあげ目を見張る。
「まさか、私をこの家に住まわせたのって……今話したことが関係あるの?」
「清一に俺と同じ思いをさせたくない。叔父心ってやつだな」
明確に返事はしなかったが、私の見解で合っているようだ。
気持ちは分からないでもない。
自分が抱えている悩みを大切な人が味わうことなく回避できるならその方がいいに決まっている。
とはいえ、まさか私が巻き込まれることになるなんて。
「もしかして、清一君を婚活パーティーに参加させたのも……」
「あー。今までそれらしい話を聞いたことがなかったから少し不安になってな。駄目元で行くように仕向けたが、どうやら正解だったようだ」
「で、でも正解かはわからないじゃない」
「少なくとも俺にとっては正解だ。……ないとは思うがこの先万が一、光源氏計画が始まりでもしたら目も当てられないだろう?」
秀介さんはばつが悪そうに視線を逸らしながら、言葉を濁す。
それはまあ確かに怖いけども。
正直、久我家の呪いに関しては半信半疑ではある。
本当かどうかはさておき、兎に角苦しい思いをしなければいいと思うけれど、秀介さんの期待には応えられないだろう。
今までの言動から清一くんに懐かれている自覚はあるものの、それが恋愛なのかと言われると違うような気がする。
彼はよく赤くなっているがあれはただ照れ屋なだけだと思う。
「だけど、清一くんの初恋が私じゃなかったらどうするの?」
「ん?……確かにあの様子じゃ恋してることに気づくのに時間は掛かりそうだな。まあ、一年経って何もなければそれでもいいんじゃないか?それに早紀にしたって、どうせ今の状態じゃしばらく婚活なんて考えられないだろう?」
「そ、それはそうだけど」
「ならいいじゃないか。何も問題ないな」
にっこりと笑顔を向けられる。
……言いくるめられた気がしてならない。
そういえばここに来る流れになったのも秀介さんの誘導からだった。
深いため息をつき、同じ体勢で凝り固まった背筋を伸ばして天井を見上げる。
秀介さんからしたらあわよくばという考えから私を招いたのだろうけど、きっと清一君と恋仲になることはないだろう。
六歳年下で若いし。彼からしても私を姉貴分みたいな感じで慕ってくれてるだけだろうし。
冷静にそう考えればやっぱり私は第三者の立ち位置であっている。
「それじゃあ、凛の件は智之に後日うちに来るように連絡しておく。本人から言われたほうが凛も安心するだろ」
「え、ああ。うん」
秀介さんはカップを手に取って立ち上がるとキッチンへと向かった。
私は自分のカップを手に持ち、残っている珈琲の水面をじっと見つめる。
冴えない顔がリビングの照明とともに映る。
久我家の呪いがなんであろうと、私はいつも通り清一君と向き合うだけ。何も変わったりしない。
そう決心するとよし!と力強く頷き気を奮い立たせ、残りの珈琲を一気に飲み干した。




