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久我家の人々  作者: にけ
10/11

本当の理由



リビングで洗濯物を畳んでいると「ただいまー」という声とともに凛が入ってきた。

自ずと時計を見やれば15時を指している。


「おかえり。今日早かったんだね」

「うん」


いつもより覇気がない返事に洗濯物をたたむ手をとめる。

凛はソファに回り込むとどかっと腰を掛けた。

なんとなく様子が気になり彼女の傍に近づくと、置いてあった丸いクッションを抱え込むようにぎゅっと握りしめている。

何かがあったのだと察し、隣のソファに腰をかける。


「お兄ちゃん、仕事楽しそうね」


しばしの沈黙の後、凛がポツリと呟く。

その言葉で思い出すのは朝の清一君。

あれは……仕事で嬉しそうにしていたわけではないのだけれど。

とはいえ、思い返してみれば清一君は今のところ楽しそうに仕事に行っているので間違いはない。


「凛は卒業したら何かやりたいこととかあるの?」

「……」


何気なく訊いただけだったが、凛は俯いて黙り込んでしまった。

気軽に聞いてはいけないことだったのかと自省し、慌ててフォローをいれる。


「ごめん。答えたくなかったらいいの。ただ気になっただけだから」

「私、許婚がいるの」

「え?」


いいなずけ?

予期せぬ言葉に返す言葉を失う。

昔はドラマとかでよく聞いたけど最近はめっきり耳にしなくなった単語だ。

やっぱり良いところのお嬢様となると許婚くらい当たり前なのかな?


「私が働くの嫌なんじゃないかなって思って」


クッションを抱きしめながら一点を見つめる凛は不安げな表情を浮かべている。

うーん。最近は共働きが当たり前になっているからそんなことないんじゃないかな。

でも凛はお嬢様だから相手もそれなりのお金持ちってことになるなら、働かせたくないって考え方もあるのかな?

お金持ち事情に疎い私は頭を捻る。

恐らく凛も不労所得があるから働かなくてもいいのかもしれないけど……。


「凛は働きたいの?」

「……友達がバイトしてて愚痴とか聞いてると共感してみたいなって思う……」


言いづらそうにごにょごにょと発せられた言葉は凛の本音。

社会経験で無駄になることなんてないんだから相手方に話せば分かってもらえないものだろうか。


「相手には話したことないの?」

「うん」

「じゃあ一度話してみてもいいんじゃないかな?もし言いづらかったら私も一緒に説得するよ」


気遣いながら声をかければ、凛は顔を上げて私を見る。

微かに笑みを浮かべて頷けば、彼女の瞳が一瞬揺らいだ。

と思ったらクッションで顔を隠された。

しばしの沈黙の後、凛はクッションを顔の前に掲げたまま立ち上がった。


「課題あるから。話聞いてくれてありがと」

「うん。課題頑張ってね」


凛はクッションを連れて自室に戻っていった。

私はその姿を見送ってから立ち上がり洗濯物たたみを再開する。


それにしても凛に許婚がいたとは。どんな人なんだろう?

頭が硬い人とかだったら説得は少々難航するかもしれない。

だけど折角凛がしたいことかあるならやってもらいたいもんね。


物思いにふけっていると部屋に戻った凛と入れ替わるように秀介さんが電子タバコをふかしながらリビングへ入ってきた。

そのままキッチンに入っていくので、私は意を決して立ち上がり彼を追った。

キッチンに入ればカップを取り出している秀介さんがこちらを向いた。


「どうした?」

「あの……凛って許婚がいるの?」

「聞いたのか?」

「うん。どんな人なの?」

「どんなって……どうしてそんな事知りたいんだ?」


考える素振りを見せたあと、気になったのか逆に問われた。

返事に迷った私はしばし思考をめぐらせ、視線をそらしながら口を開く。


「えーっと……女性社会進出反対派の思想の持ち主じゃないといいなぁと思いまして」

「なんだそれは」


呆れたような声を出され半目を向けられる。

秀介さんは口が固そうな気がするので話しても大丈夫だと思うけど、身内に勝手に話すのは不味いかなぁ。

訝しげに視線を向けていた秀介さんは私が何も答えずにいるたことで察したのか諦めたように息をついた。


「婚約者の智之(としゆき)は凛から見てはとこにあたる男で。性格は……まあ、温厚だな。お前が考えてるような思想の持ち主ではないと思うぞ」

「そ、そっか」


相手の情報が一切ない状態だったが、少し人となりを聞くことができてほっとした。

それなら頭ごなしに否定してくることはなさそうかな。


「珈琲飲むか?」

「え?ああ。うん、ありがとう」


優しい声音で訊かれ、甘えることにした。

秀介さんは手慣れた手つきでコーヒーメーカーのセットを行う。

ただそれを眺めているのも、時間がもったいない。

洗濯物の残りを片付けるため踵を返そうとすると不意に名前を呼ばれ、足を止めて顔を秀介さんへと向ける。


「今から時間あるか?」

「うん。洗濯物たたんだ後なら」

「そうか。じゃあ少し話をしないか?」

「話?」


首を傾げると珈琲が入ったカップを両手に持った秀介さんはにっと口角をあげた。


「ああ。この家に住まわせた本当の理由を知りたいだろう?」


思いもよらなかった内容に目を瞬く。

話す気になったんだ、とどうして今?という気持ちが半々。

しかし、彼の気が変わらないうちに乗ったほうがいいというのは理解しているので頷いた。


洗濯物たたみは秀介さんも手伝ってくれてすぐに終わり、私たちは向かい合ってソファに腰掛けた。

まだ冷めていない珈琲の入ったカップを手に取りふーっと息を吹き一口飲む。

上目遣いでチラリと秀介さんを見ると同じく珈琲を口にしている。

緊張で胸がどきどきしながらも話を促すためカップを置き、声を掛ける。


「それで、本当の理由ってのは?」


秀介さんは手に持っていたカップをテーブルに置くと真剣な表情で私を見据えた。

自ずと背筋が伸びる。


「本当の理由、それは……」

「それは?」

「久我家が呪われているからだ」

「……ん?」


耳に意識を集中させ、一言一句聞き逃さないよう前のめりになっていたが突拍子もない事を言われ耳を疑った。

私の耳がおかしいのかもしれない。

そう結論付け聞き返す。


「ごめんなさい。ちょっと耳が遠くて、もう一度言ってもらってもいい?」

「久我家は呪われている」

「……」


聞き間違いじゃなかった。

呪いか……。

ちょっと私の人生とはかけ離れててしっくりこない。

とはいえ、呪いとかなら私に頼るより神社とかでお祓いしたほうがいいんじゃない?


「私で力になれるようなことはないと思うけど。一般家庭の生まれだし……。良い神社とかも紹介できないから……あ、ネットで一緒に検索してみる?」

「いや。早紀にそういうのは求めていない。それにお祓いとかでどうにかできる問題でもないからな」


一応提案をしてみたが、やんわりと断られた。

ううん?ならやっぱり私必要ないんじゃない?

今みたいに何のひねりもない提案しか出来ないし。


「呪いって言っても限定的なものなんだ」

「限定的?」


久我家が呪われてるって言われても大地主の家系で三人共人柄も良くて、苦しんでいるような素振りなんてないように見える。

だけど、表面に出てないだけで見えないところで苦しんでいるのかもしれない。

それはなんだか、嫌だな。

こんなに良くしてもらっている三人が苦しんでいるのなら、力になりたいと思う。

秀介さんは前かがみになると開いた両膝の上に肘をつき両手を組み合わせるとテーブルの一点を見つめた。

固唾を呑んで見守っているとすうっと彼は口を開く。


「久我家の人間は――」

「久我家の人間は?」

「初恋の人に執着する」

「……」

「……」


彼から目線を下に逸らし、固く口を閉ざす。

……どう言う反応をすればいいんだろう。

聞き返したほうがよかったのだろうか。

しかし、彼の思いつめているような、苦々しい表情を目にすると疑うような行為をするのは躊躇われた。

私はとりあえず彼を気遣うように詳細を問う。


「初恋の人に執着する、ってどういうことなの?」

「そのままの意味だ。それの所為で俺は14歳以降、この呪いに悩まされ続けている……」


14歳って……。

秀介さんは確か今年で38歳だから約24年初恋を引きずっているってこと?

それは……ただ単に初恋が印象的で忘れられないだけなのでは?


「えっと……今でも初恋の人が好きってこと?」

「……ああ。俺も正直どうかしていると思っている。しかし、根強い何かが新しい恋をしようとするのを拒んでいるんだ。相手は近々孫まで生まれるらしいのに……一縷の望みにかけて……後夫を狙っている自分がいる……」


秀介さんは言い終わると効果音がつきそうなくらい頭と肩を落としズーンと沈んでいる。

後夫って、旦那さんがいなくなった後を狙っているって意味よね?

しかし、無理矢理とかは考えていないところを見ると彼的には想いに終止符を打ちたいのかもしれない。

だけど、呪いがそれをさせてくれない、と?


うーん……。呪いというのがどうも非現実すぎて。

しかし、秀介さんの落ち込みようから深刻な悩みなのは一目瞭然だ。

拗らせているという言葉では片付きそうにないので、彼にとっては確かに呪いなのかもしれない。

心配そうに見つめていれば、止めればいいのに彼は尚も話を続けるのか重苦しく口を開く。


「しかも、俺の処女作は初恋の人と俺の妄想に近い話を書いている。当然物語はハッピーエンドで終わる」


黒歴史を聞かされているかのようだ。

気まずくなり、この話は墓場まで持っていこうと決意した。

そんな思いとは裏腹に、少しだけ、ほんの少しだけ彼の処女作品に興味が湧いたのは事実だ。


「あの、その……武士の情けとしてその小説だけは絶対に読まないわ」

「寧ろ隅々まで読んで笑い飛ばしてくれ」


秀介さんはハッと自虐的に鼻で笑う。

駄目だ。自暴自棄になってる。


「ほら、珈琲か煙草でも吸って気を紛らわせたら?」


優しく声を掛けると彼は沈んだまま素直に珈琲を手に取り、カップに口づけた。

私もカップを手に取り珈琲を飲む。

苦味と温かさが少し体の気分転換になった。私は。



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