第四話-8
マウナの声は、ライのそれよりやや高い、エコーのかかった女声だ。それが、細川の脳内に何度も反響する。
「つまり、ライは《最厄》の二の舞を警戒して、俺たちを攻撃し、危険を排除しようとした、と?」
「……うん、そういうことだよ」
「なるほどな……」
細川は、大きく息をついた。
そして、今更と言えば今更な疑問を呈する。
「で、なんで俺たちはこんなところで葬式みたいな顔を並べているんだ? 旅行に来たはずなんだが」
妙なことになったものだ。一体歯車は、どこから滑り始めたのだろう。
「俺たちはライの友達に会いに来たはずだ。どうしてこうなった?」細川の問い。
「まずボクが魔法師伝説の話をして……」ライの呟き。
「その話は、ワタシの二つ名に始まったことだから……」マウナの回想。
で、出た結論は。
「…………私のせいですね」
「葬式の元凶が隣にいた……」
ラザムが指で頬を掻きながら、微苦笑とともに転げ落ちるような自白をし、細川は器用にも腕を組みつつ右手で顔を覆い、そんな嘆きとも諦観ともとれるコメントを残した。
さすがにこの空気を持ち直すのは不可能だと判断し、近いうちにまた遊びに来ると約束した細川は、片方の前足を振って見送るマウナに奇妙な人間味を感じつつ、若干の気まずさを引きずるラザムと、名残惜しげなライを連れて、ウォルフィア山地を離れた。
午前は共和国北部のメルトナ州を散策し──と言っても行動範囲はせいぜいアルレーヌ周辺に限られたが──、ラザムが本来の姿で身長の近い妖精たちにもてたり、何処ぞの魔王様(笑)が生み出したとされる魔獣の一種、茶熊と戯れたりして、順調に時間を消費していった。
ちなみに、魔獣とは生まれつき何らかの方法で魔法力を扱える哺乳類全般を指す。魔法力を扱うためそれなりの知能もあり、その為か、人間に対して友好的な種や個体も多い。それでなくとも、大抵は人畜無害、友好的でないものは、人間を見ても単に無視するのがせいぜいである。
魔獣に危険の二文字を等号で結びつけるものがあれば、それはファンタジー小説の読みすぎだろう。魔獣のほとんどはメルトナ州に集中しており、その中で危険なものと言えば、炎犬や茶熊程度なものである。
……どちらも人間が生身で会えば、よほどの魔法能力がないと四肢は諦めろと言われる凶暴な種だが、なにしろ大天使のラザムに大精霊のライ、ずば抜けた総合魔法適性を持つ魔力使用者の細川裕という規格外な団体なので、凶暴魔獣も形無しだ。何があったのかは伏せておく──主に、茶熊のために。
魔法力を扱える動物といえば、龍類もそれに該当するだろう。また学術上明確な分類が為されている訳ではないが、魔法虫と呼ばれるものも存在する。これらは魔獣とは別枠である。なぜかと言えば、龍類は爬虫類であり、魔法虫は昆虫だからだ。これらをまとめて呼ぶ呼び名がないわけではない。第二世界空間に住む人々は、魔獣類と龍類と魔法虫を合わせ、魔法系生物と呼ぶ。
「学会のおえらがた」が厳格でまとめたがらず、従って公式的な呼び名も生まれえない。その姿勢を嫌って反発した、共和国出身のある小説家が、勝手に作ってしまった。魔法系生物という語には、そんな歴史があるのだ。魔法虫は、出処も知れないただの俗語である。
無論、龍類も魔法虫も、元を辿れば全てある人物が生み出したものだ。わざわざ書くまでもないだろう。こんなことができるのは、歴史上一人しかいない。
「どこかから龍の子どもでも飛び出してこないかな」
という細川の呟きに対する、ラザムの答え。
「これだけ精霊を連れていたら、ちょっと近づきにくいかもしれませんね」
細川の周りには、いつも通り、一〇匹の精霊が従っている。




