第四話-6
異世界旅行二日目。零火は部活があるのでついていけないと言い、ついでのように襲撃の──もう数えるのも馬鹿らしい連敗記録を更新して屋敷を去った。もちろん、妹の幽儺と話すのも忘れない。
そんなわけで細川は、ラザムとライを連れて精霊自由都市共和国群に降り立った。大精霊ライの出身地、アルレーヌ大森林。細川家から第二世界空間に出ると、必ずここに降りることになる。
アルレーヌは見慣れているので、さてどうしようかと、細川は考えた。今日は任務もない。唯一完全自由な旅行日だ。右にライ、左にラザムが、それぞれ肩に陣取っている。声は、右肩から発せられた。
「共和国を旅行するなら、会いたい友達がいるんだ」
「……お前、友達いたんだな」
悲しい先入観により微かな驚きを得つつ、ラザムが行き先を尋ねた。返ってくるのは、当然ながら細川の知らない地名である。曰く、
「旧マグナラ共和国領ウォルフィア山地。地名の元になった友達が、そこに住んでるんだ」
マグナラ共和国は、現在の精霊自由都市共和国群に併合される前は、小さいながらも無難に国家として運営され、安定した国政が三〇〇年ほど続いていた。独立国としては、侮られるほど弱すぎず、警戒されるほど強すぎない、ごく平凡な国としてあったのだ。
均衡が崩れた原因は、当時の隣国で起きていた武力紛争による火の粉を被ったためであり、うっかり払い損ねた火種が茅葺き屋根を焼いたことで、屋内にも火の手が混じったのである。
マグナラ共和国はその後、一度火の粉を被った隣国の内紛をそれ以上無視する訳にもいかず、介入せざるを得なくなり、なし崩し的に対外戦争に発展してしまった。収集がつかなくなり、弱ったところを後の精霊自由都市共和国群に目をつけられ、漁夫の利で併合されるまで、たった二年を要しただけであった。それから何世代も経て、現在の精霊自由都市共和国群が成立するまで、更に二〇〇年を経過することになる。
そんな旧マグナラ共和国領に住む、ライの友達というのが……。
「やあ、ライ。久しいね、元気だったかい?」
「青い、狼──?」
最近は神と仲が悪いんだ、などと嘯き、不遜不敬を貫く細川でさえ気圧されるような、狼のような姿をした大精霊。体長はおよそ二メートル、座っているが、その存在感は座高だけが原因ではないだろう。
「久しぶりだね、マウナ。ボクの契約者が共和国を旅行するって言うから、来ることにしたんだ」
ライはいつもののんびりした調子で話しているが、細川は目の前の情報を処理するので脳の思考領域が埋まっている。毛並みの触り心地が良さそう、などとふざけたことを考えている場合ではない。ライに感じなかった威厳、それがこの狼からは嫌でも感じる。
「ユウ、どうしたの? 早く来なよ」
そんな彼の心境などいざ知らず、呑気な声で呼びかけてくるライ。ラザムも細川の肩で動きを止めているようだが……。
「旧マグナラ共和国の、青い狼?」
どうやら細川とは別の理由で固まっていたらしい。
やがて彼女は時間をかけて結論を出すと、恐る恐るといった体で口を開いた。
「もしかして、《快救の大精霊》様ではありませんか?」
「快救の大精霊?」
のしのしとマウナが興味深げにラザムの方に歩いてくる。《快救》とは二つ名のようなものだろうが、狼が歩いてくるというのは何かと感じるところがある。ラザムが細川の肩を占領している以上、ラザムの方に向かうことと細川の方に向かうのとほぼ同義なのだから。やがてマウナはラザムに鼻を近づけてすんすんと鳴らすと、
「……《禁忌》」
ぽつりと呟いた。
「君は、あの魔王に仕えている大天使なんだね?」




