第四話-5
『絶零』鏡面結界及び風打の、もはや定番となりつつある組み合わせで室内の騒ぎを外に漏らさぬよう工作し、細川はパトリックに狙いを定めていた銃の引き金を引いた。音速を超えて射出された高密度の魔法力が、パトリックの腹部に着弾し、吹き上がる爆煙が中級悪魔の整えられた衣装を引き裂く。
それを合図に、零火が氷の弾幕をミュンヘンベルクに撃ち込み、ラザムは魔法陣で複数の電気の矢を、ライは踊り狂うような氷の矢を、それぞれパトリックに浴びせる。過剰戦力もいいところだが、仮にも相手は中級悪魔と大貴族、それぞれの防御は案外固く、一撃では制圧できない。
ミュンヘンベルクは零火の弾幕を炎の壁(恐らく護身用の魔道具だろう)によって相殺し、パトリックに至ってはむしろ嬉々として、攻撃の数々を受け止めている。それぞれ、
「この街の領主だぞ、私に働いた無礼は死んでも帳消しになどならぬ!」
「久しぶりだよ、ぼくに刃を向ける人間はさあ!」
などと物騒なことを叫びながら。
もっとも、領主は帝国公用語で話すので、細川と零火には理解のしようもないのだが、それに関しては、
「あんたに用はないの! あんたはあの悪魔のおまけよ、さっさと降伏なさい!」
と叫び返す零火なのでおあいこだ。双方言語が通じるのは、細川たちに合わせて日本語で話すパトリックの方である。彼は電気の矢を細い腕で弾き返し、
「天使! 天使かあ! ぼくはねえ、天使を一〇人殺すのが目標なんだあ!」
などと物騒なことを平気で喚いている。
「それなら野放しにしてはおけないね」
「おや、きみ、精霊? もしかして、大精霊なんじゃない? 帝国で大精霊に会えるなんて思わなかったよ、精霊も殺してみたいなあ」
「させませんよ! あなたにはルシャルカのことを話してもらいます!」
「へえ、きみ、大天使なんだね。ねえ、堕天しないの?」
「悪魔の考えることなんて知りませんよ。分かりたくもありませんから」
「ふうん、強気だねえ」
細川は決して、これらの戦いを立ち見していたわけではない。彼はいくつかの魔道具を魔術のつるによって仕掛けていく。そして、それらを魔導体──魔法力を流しやすい物質──で繋ぎ、魔力を発生させる魔法陣と、魔力をマナに変える魔法陣を設置する。
やがて少女たちと大精霊が、予め指示していた位置に相手を誘導し、予定通りの位置に収まると同時、細川は右手人差し指にはめていた指輪にマナを流し込み、味方に向けて声を響かせた。
指示は単純だ。
「撃て!」
号令を受け、零火はミュンヘンベルクに、ラザムとライはパトリックに、それぞれ渾身の力で実体弾を撃ち込んだ。細川の指輪と実体弾、二つの条件が揃うことで、室内に設置していた魔道具も効力を発動させる。
三発の実体弾に、魔道具はある魔法を刻み込む。被弾したミュンヘンベルクとパトリックはその場に音を立てて崩れ落ち──、
「「「え?」」」
撃った三者の驚いた声と共に、全身を石化して動かなくなった。
「つまり、同じ呪いを三つ同時にかけたのさ。身体を石化させ、三日間動けなくする呪術をな」
窓から新生の石像を、待機していたトラックに投げ込み、何食わぬ顔で商館を抜け出した後で、細川は解説した。
呪術魔法とは、総合魔法適性が高く、魔力とマナの両方を扱える者のみが習得できる魔法だ。魔術魔法とも精霊術魔法とも違うそれは、学び手が少なく、身につける者の大半が、工作員か殺し屋という始末だ。細川はそれを応用するために習得したのだが、結局最初の用法は、ご覧の通りである。
「まったく本当に怖い人だね、ユウ。まさか呪術魔法を習得していたなんて」
「本当ですよ、失敗したら自分の命がないんですから、気を付けてくださいね?」
ライとラザムが口々に細川を追及する。助けを求めて零火の方に視線を向けるも、彼女は何も言わずに顔を逸らしてしまった。少し頬が膨らんでいる。一度だけ細川の方を一瞥したが、「くだらない事故で自爆しないように」というようなことを、氷色の瞳は語っていた。どうやら助けは得られないらしい。
彼はそれらの不満を適当にいなしながら、ふと考えた。──工作員として活動するようになれば、呪術魔法も使うことになるのだろうか、と。




