第四話-3
「よう、どうだった、そっちは?」
一〇分程度で合流し、細川は零火に声をかけた。
「少しは楽しめたか? 妙に服の裾が汚れているようだが」
帝国は日本と季節が違う。風氷の使い手のくせに、寒がりな細川がコートを着ている理由はそこにあるのだが、雪女の零火は寒さに耐性があるらしく、比較的薄着な、ベージュ色のワンピースを着ていた。その裾が、茶色い土やら緑色の植物汁やらで汚れているので、理由を尋ねたのだが……。
零火の答えは、堰を切ったように飛び出した。
「そうなんすよ、聞いてくださいよ! 宮廷と反対方向に歩いていったら──」
「貧困街で男の人に捕まってね、一悶着あったんだ」
ライのあっさりとした回答。決壊したダムから流れる水の奔流を、氷漬けにして止めたようなものだろうか。とにかくそこで、さっそく服を汚してしまったらしい。零火はまだ話したそうだったが、適当に納得した細川が歩き出したので、仕方なくそのあとを追ってきた。
ひとしきり帝都を散策し、宮廷内を見学。先帝フリードリヒ五世の時代から、宮廷見学が可能になったようだ。暗殺される前は、臣民との距離を縮めることで、皇室の支持率を上げたらしい。
「ってちょっと待ってくださいよ、先代の皇帝って暗殺されてたんすか!?」
宮廷博物館で解説する細川に、零火が声を裏返して仰天する。途端、他の見学者たちの迷惑そうな視線が、一斉に零火へ集中した。
「声が大きいぞ」
「すみません……けど先帝が暗殺されたって」
「ああ、皇女のメイーナ・フォン・ミアスディマントを狙っての犯行だったらしい。つい三年前のことだ」
思えば、時間の数え方が共通するのも妙な話だ。
「本来は皇女一人が殺害されるはずだったんだろうが、レーザーの狙撃は狙いを外し、先帝フリードリヒ五世をも巻き込んだ。式典の最中で、その場に居合わせた当時の筆頭宮廷魔術師、なんと言ったか……そうだ、ローランド・フォン・アスカニエル伯爵が反撃しようとしたらしい」
名前の付け方はヨーロッパ風だ。さらに言えば、アスカニエルはかつてのドイツ辺境伯が持っていた家名だった気もする。
「成功したんすか、その反撃は?」
「失敗したらしいよ」
ライが言う。
「成功してたら、先帝は先帝って呼ばれてない。現皇帝フリードリヒ五世だったはずだよ」
「それもそうね……」
「結局、殺人光線は三人の命を奪った。犯人は今も宮廷の牢獄に囚われているんだったか」
「え、処刑じゃないんすか?」
「本当はそのはずだったみたいです。大逆の罪人だし、国民もそれを望んだし、帝国政府もそのつもりだったみたいですけど……」
ラザムは細川と繋いでいた手を放し、少し離れた位置にあるガラスケースに駆け寄った。プレートには、「大逆事件の真犯人について」と記されている。置かれている史料には、次のようなことが書かれていた。
曰く、黒幕は精霊自由都市共和国群の人間、あるいは先進国家連邦のものである可能性がある。現在背後関係は捜査中だが、共和国政府はこの説を否定、連邦政府は正式な回答をしていない。皇帝陛下は真相解明まで実行犯を生かしておくよう厳命している……。
「つまり、どういうこと?」
ライが首を傾げると、零火が静かに手を叩いた。
「そうか、真犯人を見つけるまで、証人になり得る実行犯は残しておきたいんすね。だから皇帝は、処刑を見送らせた」
「そのようです。中には共和国と戦端を開くよう言った軍首脳部もいたようで、それを抑制する、理知的な皇帝だって書かれています」
細川はその辺の事情を『白兎』から聞かされていたが、全てを話して聞かせたわけではない。他にも、彼は次のような話を聞いていた。
「実を言うとね、帝国と共和国は、この件に関して真犯人の正体を掴みかけているのよ。両国の諜報機関と首脳部は、その目的を知っている。それで、犯人は連邦の工作員じゃないかってところまで推測されてる」
また、細川が意地悪く、本当に共和国のスパイが真犯人である可能性に言及してみせると、
「それはないね。私が共和国の住民だからじゃなく、機密情報に親しいスパイだから否定する。共和国には帝国と戦争する理由がないけど、連邦には戦争をさせる理由がある。帝国と共和国、二つの大国が戦火を交えれば、連邦は武器を売りさばいて莫大な利益を得ることができるからね。それで連邦のスパイを送り込んで共和国のスパイになりすまさせ、帝国の要人を殺害させたと考えられるんだよ」
もちろん『白兎』は、この話は秘密だよ、と付け加えるのを忘れなかった。




