第二話-2
「細川君、理科は今でも得意?」
「分野による、としか答えられんな。それがどうした」
「ちょっと成績が危なくてさ、教えてもらえないかな」
「そんなことのために、魔法店へ来たと?」
「そう」
「だったらわざわざここまで来ることもないだろう。誰か他に適当な奴を捕まえて頼めばいいじゃないか」
「でも、他に聞けそうな人がいなかったから」
妙な状況だ、とは思ったものの、細川はそれ以上言及しなかった。ひとつには、彼も高校に友人がほとんどいないことが挙げられる。もしかしたら彼女も、似たような状況なのかもしれない。だとしてもやりようはあると思うのだが、なにしろ性格が性格である。今更他に古い伝を当たることもできないのかもしれない。
「それで、俺に一体何を訊きたいと?」
依頼人は細川のことを、「勉強ができて器用な男」と考えているらしい。中学時代はそれで通ったが、今は話が違う。彼女とは高校も違うし、だいたい細川自身、勉強ができるとも思っていない。勉強もせず遊んでばかりで、よくもまあ第一志望校に落ちなかったものだと感心するくらいなのだ。
「化学、生物、物理」
回答を受け、細川は精神的に二、三歩よろめいた。ソファに座っているのでなければ、本当によろめいたかもしれない。
「ちょっとまて、化学と生物はいいが、物理は……」
彼が物理を教えるなど有り得なかったし、無理に決まっている。期末試験では赤点すれすれの点数を取って平然としていたが、それは来年物理を勉強しなくて良いことが確定しているからであり、進級さえ出来れば良い、と考えていたからだ。
だが、教える立場になるとすれば、自ずと話は変わる。
できるわけがない、と思ったが、まさか、「無理だ。帰ってくれ」と言う訳にもいかない。危険な仕事なら断っても文句は言われないだろうが、この仕事自体に危険性はなく、むしろ危ないのは細川自身の成績の方である。魔術も使わない以上、制約を盾にすることもできない。それでも、依頼主はなんだかんだと食い下がってくる。挙句、
「私より少し出来ればいから」
と言うから呆れた。一と二なら二の方が上といっても、大差ないのだ。それでは意味がないだろう、と細川は思う。
彼は、賭けに出ることにした。
「分かったよ。赤点取った奴の、当てにならない話で良ければな」
事実に基づく誤情報だ。いささか意地の悪いやり方だと思わないでもないが、この際、他にやりようもない。勝ったな、と思ったのだが、結果は細川の期待を見事に裏切った。
「よかったあ、ありがとう」
夏休みに来るから、と言って、彼女は出ていった。細川が賭けを訂正する間もない。
「行ってしまいましたね。頑張ってください、細川さん」
はあ、と細川は盛大にため息をついてソファに身を沈めた。
「まったく、どうしてこうなった」
細川のため息に、ラザムは少しだけ同情した。