第三話-2
車が発進してから、細川は運転席の女性に尋ねた。
「それで、さっきの話はいつ発覚したんです?」
「つい一時間前だよ」
助手席からの質問に答えるのは、運転席の『白兎』だ。その間に、青い光が細川の傷を癒していく。
「今日の正午、悪魔の指導と煽動を受けた失業者たちが、銀行を襲う計画になっているらしい。組織に潜入している協力者が掴んだ。キミに頼みたいのは、その実行犯を捕える作業の手伝いだよ」
「うわ、また随分面倒くさそうな……」
「これも必要なことだよ。堕天使どもの居場所が、すぐに掴めたら楽なんだけどねーぇ」
「まあ、そうもいかんでしょう。ところで、第二世界空間に魔力使用者はいないと思うんですが、なんで『白兎』さんたちは堕天使の存在をご存知なんです?」
「悪魔の暗躍は、共和国や他の大国でも顕著でね。天使の存在自体も第二世界空間ではそこそこ一般的に知られているし、堕天使が存在することも、まあ現代にもいると思っている人はそう多くはないけれど、知られていないわけじゃーぁない。それと私個人の話をするなら、《禁忌》との関係もある」
「《禁忌》……?」
「キミも一度は会ったことがあるはずさ。《禁忌の魔王》──共和国と帝国で語られる『魔法師伝説』の三人目、転生と魔力使用者の管理者。訊かない限り名乗らないだろうし、知らなくても無理はないと思うけどね」
「魔力使用者を管理する、『魔王』──?」
当然、思い当たる節はある。ラザムと最初に会った謎めいた空間。そこで偉そうに喋る、『魔王』と呼ばれる丸いなにか。
答えは、出た。
「あの風船魔人のことだったのか……」
「ちなみに、『魔人』は別で存在したからね。特に、《禁忌》は好まないと思うよ、その呼び名」
「……つまりあれか。生命創造は禁忌だからではなく、名前の通りなら専売特許だから禁止って話か? ……というか、転生って」
「そのまんま、キミの思うもので間違いないと思うよ」
「なるほど、何となく分かりました。その話はまた後程」
「気になるかい?」
「あなたがボクの考えるとおりの人間なら、有益な話が聞けると思いましてね。さほど問題はないと思いますが」
しかし、ラザムたち天使があの風船に創られたというのは素直に信じ難い。いろいろと見方も変わってくる。なるほど、と思わないことが、ないでもないが。
「言い出すときりがないな……」
そう考えたとき、突然『白兎』が車のハンドルを大きく切った。慌てて細川は、片手でシートを掴んで遠心力に対応する。数多のドライバーが羨むようなスポーツ車は、急な方向転換に抗議するような鋭い音とともにタイヤを滑らせ、交差点を左折した。車の抗議には、細川も賛成したいところではある。
「何事です?」
しかし即座に冷静を取り戻し、細川が訊ねる。それに対する『白兎』の反応は、これまでになく暗い。
「悪いね、どうやら、つけられたらしい」
「は?」
後方を確認する。漆黒のセダンが一台。顔から見て、日産のスカイラインか。これまた数多のドライバーが羨むような、いい車である。
細川は即座に精霊を送り込み、スカイラインの車内を覗き見る。だが、そこにいるのは喪服のような黒いスーツを着た中年の男としか分からない。服の内側に拳銃を持っているようだから、ただの人間ではなさそうだが……。
スカイラインは瞬く間に距離を詰めてきた。素人目にも『白兎』の運転技能はそれなりのものだと分かる。だが、スカイラインの男はそれ以上だ。
「どうします?」
「目立ちたくはないけど、仕方ない。何かに掴まってて」
二車線の幹線道路に逃げ込み、『白兎』はS2000の速度を上げる。スカイラインはS2000の隣に並んだが──助手席の隣に来たのは間違いだ。
「追い払える?」
「やってみましょう」
細川は助手席の窓を開け、右手にマナを集中させる。それをスカイラインのボンネットにかざし、詠唱。
「アル・ミーナ」
ズン、と重い衝撃波が放たれ、スカイラインは縁石を撥ねてスリップした。要は、スカイラインの鼻面を殴りつけたのと同義だ。通行人が駆け寄り、反対に『白兎』たちはさっさとその場から走り去っていく。
細川と手名車を傷つけることに何の抵抗もないわけではないが、まず一度目の敵は退けた。




