閑話一 落雷
近年の日本の天気予報は、高い精度を誇る。予報通りに大雨と雷が待機中で騒ぐ中、細川は傘もささず、ある高台から一件の寺を見下ろしていた。
何の変哲もない、ただの寺に見える。しかし、その実態は幽儺の天敵『滅霊僧侶団』の拠点であり、中にいるのはそのメンバーだった。
細川は、静かに右手を挙げる。
「魔道交響曲第一楽章『天球戯』二小節──」
そして、挙げた手を前に振り下ろす。
「──誘雷」
強力な雷が、寺に直撃した。視界を焼き尽くすような稲妻が落ち、雷鳴は鼓膜を突き破らんとする爆音を響かせる。つまり、直撃を受けた木造の寺は爆発炎上。もう一撃を受ければ見る影もない。
「容赦なくやるね、ユウ。これで何人死ぬの?」
細川の右肩には、茶色い毛並みの狸が佇んでいた。否、正確には大精霊のライ。今彼に話しかけたのは、性別年齢共に不詳のこの精霊だった。ライは共和国北部のホルーン水源湖にある精霊集落の長であり、現在は細川の契約精霊でもある。
のんびりしているが残酷な問に対する、細川の答え──。
「ゼロ」
「ん?」
狸は、肩の上で首を傾げた。なかなかシュールな光景だが、彼らにとってはいつものことだ。
「今夜、この寺の滅霊僧侶団は出払っている。破壊しても、死人は出ないはずだ。ですよね──コードネーム『冷鳴』」
細川の背後で、闇が歪んだ。そうとしか言い表せない現象だ。そして、そこから現れるのも、また一言では形容し難い男だった。
作業着にも似た水色のスーツに赤いネクタイというあまり見ない服装もだが、真に人目を引くのはその上である。首には紫色の古傷らしき痣があるし、切れ長の鋭い双眸は木の葉のような緑色。髪はやや長めだが、それ以上に特徴的なのは、左右で色が違うことだろう。右は燃えるような赤い髪、左は燃え尽きたような黒い髪だ。なんとも言えない、奇妙な人物。少なくとも日本人らしからぬ容姿、これだけ目立つ外見をしていながら、彼もまた『白兎』と同じく、『幻影』のスパイである。
──その『冷鳴』が、細川の言葉を受けて口を開く。
「ああ、団員は今、あの建物にはいない。死人が出るとすれば、勝手に入り込んだ馬鹿だけだ」
「滅霊僧侶団の寺を破壊していって、帰る家を減らしていく。そういうことだよ、ライ」
殺しはしない、生きたまま苦しめる。それが甘いかどうかは置いたとしても、当分はこうして心理的ダメージを蓄積させる。
ぽかんとしているライに、細川は笑いかけた。不気味な笑顔だった。
「しかしお前さん、一体どれだけの精霊と契約しているんだ? 平均より精霊との親和性が高いオレよりも、遥かに大量に引き連れてるようだが」
「肩に乗ってるこいつ含め、九六ですが」
「…………」
細川裕には、とある特技がある。総合魔法適性故、事実をそのまま告げるだけで、相手をぽかんとさせる特技である。無自覚なため無意識に発動してしまうのだが、少しでも魔法に触れたことのある人間ならば、たいていこれで黙らせることが可能だ。否、人間でなくとも、黙らされた精霊が彼の肩に乗っている。
大天使及び大精霊のお墨付きで、細川の総合魔法適性は歴史的に稀有なほど高い。
精霊術師の平均契約数は八。対して細川は、集落ひとつの精霊、九六と契約を交わしている。平均と比較して、実に一二倍。『白兎』と比べれば、契約数がそのまま倍率だ。精霊の常識と比較しても、実際正気の沙汰ではない。
精霊は長命種であり、大精霊は一〇〇〇年単位で生きることも多い。誰にも明かしていないことだが、ライもゆうに五〇〇年生きてきた精霊だ。それでも、集落全ての精霊と契約した人間の話は聞いたことがなかった。通常は契約数が二〇を超えた時点で吐血、死亡しておかしくない。それを彼は、命を削るだけで済ませてしまった。ほとほと、細川の適正高さには呆れるばかりである。
未改稿版では、片手間掃討として第三話になってた一部です。いろいろ余計なもの省いた結果、文章量が引くほど減ったので、閑話扱いになりました。




