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【改稿版】気まぐれ魔法店  作者: 春井涼(中口徹)
Ⅱ期 二正面戦争

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第二話-7

 零火は、ぼんやりした意識で目覚めを自覚した。眠りについた記憶もないし、制服を着たままなのは背中の間隔から伝わってくる。朝起きたわけではなく、どうやら眠ってしまっていたというのが正確な表現のようだ。


 首を回したとき、隣で本を読んでいた細川と目が合った。


「おはよう、零火。よく寝ていたようだな」


 普段の彼らしくもない、労るような暖かな声音。彼は本を閉じると、前髪に隠れていない左目で微笑した。たまに思うのだが、右目は使えるのだろうか。


「ライと『白兎』さんから聞いたよ。悪魔一人、押さえ込んだらしいな」


「……私は、ゆずなを巻き込まないように離れさせただけっすよ……啖呵切って圧倒された、間抜けな雪女です。ライが言ったっすよ、先輩に指示されてあの場にいたって。先輩は知ってたんすよね? いつもいつも先輩を倒そうとして倒しきれてない私が、悪魔なんかに勝てるわけがないって。全部知ってたんすよね?」


 当然だと思った。思えば、細川が零火にあれをやらせる方がおかしかったのだ。それに気づかなかったのは、身の程を理解してないからか。──零火はそう思ったのだが。


「……なるほど、あいつ、そんなことを言ったのか」


 どうも違うらしい。彼は何か、別の可能性に思い当たったようだ。ということは、ライが零火の傍に現れたのは別の意味があったということだ。しかし一体何が?


「まったく、瀕死の功労者にそんなことを言うやつがあるか。おとぼけ狸め、後で説教だな」


「……先輩?」


「確かにお前が死にかけたら助けろとは言ったが」


 細川は腕を組んで苦笑する。


「本来、あいつにやらせてたのは別の仕事なんだ。追い込まれた悪魔たちからエネルギーを収集すること、ついでに、『幻影』の工作員を見つけたら教えろってことだ。お前の救助はついでのついで。まさか押されてるとは思わなかったからな」


「えっ? じゃあ、危なくなったら助けを呼べって言われたはずだっていうのは……」


「救難信号を出せば『幻影』の工作員が加勢する。それを狙ったんじゃないか?」


 からからと笑う細川の声に、零火はつい気が抜けてしまう。寝かされていたベッドの上に起き上がり、細川の膝に手を突いて詰め寄った。


「なんで指示書にはそういうの書いてくれないの!? 訳わかんないの斬り方とか書く前にそっち書いて欲しかったんだけど! 春先に吹く北風とか沁みるような鋭さって何!? もうちょっと分かりやすい説明書いてよ!」


「沁みるような鋭さは心当たりがないんだが……」


 一気に捲したてる零火に反論する前に、彼女は体勢を崩した。まだ体力の戻りきっていない状態で叫んだので、身体に過剰な負荷がかかったのだ。


「悪かったから落ち着け。あまり大声を出さない方がいい。精霊の診断で、お前は最低でもあと二時間は寝ているべきだ」


 細川は崩れ落ちた零火の身体を抱き留めるように支え、ベッドに再度寝かせて毛布をかけた。


 そうしてようやく、零火はそこが細川の屋敷に併設された精霊病院だとだと気づく。魔法店と屋敷の間に置かれ、内部で直結している仮想空間の診療所だ。


「安心しろよ。お前がまだ家に帰っていないことは、『白兎』さんが工作して誤魔化してくれている。帰りは俺が送って行こう。この部屋には防音膜を張っているから幽儺にはさっきの声は聞こえていない。荷物はゆずなが回収してくれた。お前はただ、何も考えずに寝ているだけでいい」


 ベッドの中から不満げな瞳を覗かせていた零火が、ミスを複数人にカバーされたと聞いてばつの悪い顔になった。


「さて、俺はそろそろ退室するが……」


 細川が立ち上がって零火を見た。自分は今、どんな顔をしているんだろうと思う。多分、情けない顔をしているに違いない。


「やはり一つ付け足しておこう」


 細川が零火に向き直った。


「今回は、巡り合わせが悪かったんだ。お前はよくやったよ。氷のスロープで三階から地面に降り、ゆずなを守ったんだろう?」


「なんでそれを!?」


「見ればわかるし証言もある。だいたい、俺がここにいる理由はなんだ。誰がお前をここに運んだと思ってる?」


「あ……」


 零火は、枕に顔の半分を埋めた。


「……重くなかった?」


「軽すぎて驚いたくらいだ」


「本当に?」


「嘘をつく理由がどこにある?」


「変なところ触ってない?」


「お前は俺をなんだと思っているんだ……」


 細川がため息をついた。


「もう少し広く、人のいない場所だったらお前にも余裕で倒せた相手だ。あの状況でよくやってくれた。むしろ、お前がいなかったらゆずなに危害を加えられていただろう。本当に、よくゆずなを守ってくれた。お前は強いよ、それは誇っていい」


 細川がベッドに沈む零火の頭を撫でながら言う。彼らしく手は冷たいが、手つきと声音は優しく温かい。彼女は、つい目を閉じた。


「だが、それでも届かないときは──」


 手が離れ、目を開けると、細川の周りを光が囲んでいた。言わずもがな、彼の契約精霊だ。


「それでも届かないときは、素直に他人を頼れ。協力と助力が力の内なら、それを利用することを忘れるな。俺が精霊と契約しているように。お前が『白兎』さんに滅霊僧侶団打倒の協力を取り付けたように。もっと他人の力をあてにしろよ、零火」


 今は何も考えず寝ているといい、と言われたので、零火はその通りにした。しばらくは気分が落ち着かなかったが、零火はそれを、戦闘を思い出したことによる精神の昂ぶりだと言い聞かせた。




「それにしても格好つけたね、ユウ」


 精霊病院を出ると、ライが現れ細川に声をかけてきた。


「格好なんざつけちゃいないさ。可愛い後輩の一人なんだ、殺す気はねえよ。どうやら予防線が効いたみたいで、結果としては良かった」


「ふうん、珍しい。ユウ、雪の子を可愛いと思ってるんだ?」


 挑発的なライの台詞だが、細川は一笑に付す。


「後輩が可愛くない先輩がいるか」

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