第二話-6
「ああ、もう! ちょろちょろ動くな!」
零火が叫ぶ度、悪魔が嘲笑する。零火が振り回す剣は少しも当たらず、悪魔は魔法陣でちょこまかと転移しては零火の意識を弄び、集中を乱し、苦戦を強いる。なにしろ移動先が不規則だ。足元が光り始めたら、どこに剣を振ればいいか分からない。五分もすれば、彼女を耐え難い疲労が襲う。
細川の場合、氷剣は水分子の隙間を縫うようにマナを張り巡らせ、負担を軽くしている。マナ網の先は細川本人の腕に繋がり、彼は腕と剣を一体化させたように振り回すことが出来る。風を纏っていることも運動の負担を大幅に削減するため、余程の疲労か体調不良がなければ、体の一部を重く感じる人間はいない。彼が剣に対して感じる重さは、せいぜいが一〇〇グラム程度。
対して零火の氷剣は、大気中の水蒸気を凝縮、凝結させただけの、ただの氷だ。エネルギーの接続もなく、それは真に、剣の一本でしかない。振り回し続ければ疲労が襲う。零火と細川、どちらが先に限界を迎えるかなど、吹雪を見るより明らかだ。
そこへ、悪魔からの攻撃──形勢有利と見て、反転攻撃に移ったか。繰り出されるのは漆黒の矢。それが一度に一〇本。細川もラザムもライも使わない、零火にとっては完全初見の奇襲攻撃。避け切れず、被弾するかと思ったが、
「危なくなったら助けを呼べって、ユウに言われなかった?」
直後現れた無数の氷塊が、圧倒的質量で全ての矢をはじき飛ばしていた。それをしたのが誰なのか、とぼけた声を聞けば考えるまでもない。狸の大精霊、ライ。細川の契約精霊のうち、もっとも高位の精霊だ。
「どうして、ここに?」
「ユウに頼まれてね。雪の子が悪魔に殺されそうになったら助けてやれって」
「つまり、ずっと近くにいたってこと?」
「うん、そうだよ」
会話に応じながら、ライは前足をちょこちょこと振って氷を生み出していく。悪魔は四方八方から飛来する氷塊に対処するのに精一杯で、とてもこちらに仕掛けてくるような余裕はない。下品な顔に焦りを浮かべて逃げ回っている。
転移には時間が必要らしく、絶え間ない攻撃を範囲外に脱出して回避する気配はない。あるいは頭の悪そうな下級悪魔のことだから、単にその可能性に気づいていないのかもしれないが……。
一方、ライの表情は余裕そのものだ。会話の片手間に、悪魔を追い詰めて遊んでいるようにすら思える。本気を出せば、下級悪魔を潰すことなど造作もないのだろう。
(ほんと、私って弱いのね……)
零火は内心で嘆息する。次の瞬間には悪魔が氷に潰されていた。悪魔は初めのうち抵抗を試みたが、すぐに力をなくして動かなくなる。死んでいないことだけは、何となくわかったが。
「あれは、何をしたの?」
「エネルギーを奪ったんだよ。龍に与えるために」
「龍……ああ、ウィアのこと」
細川の契約精霊にして、将来龍になる本精霊、ウィア。今はまだトカゲのような姿だが、どうやら龍になるには大量の魔法力が必要らしい。細川は毎日、屋敷で戯れながら魔力とマナを与えている。
「じゃあ、とどめを刺すよ。やりたい?」
「ううん、もう無理」
零火の体力は、ライに救出された時点で限界に達していた。
氷塊が消え、悪魔の体にヒビが入り始める。ヒビが全て繋がったとき、悪魔の体は完全に砕けて消滅する。それを見届けた零火が地面に倒れなかったのは、物陰から飛び出してきたゆずなが彼女の体を支えたからだった。




