第一話-7
『白兎』と零火の決闘は、仮想空間の開けた場所で行われた。相手に傷害を加えることと、火器の使用を禁じ、一対一で戦うことになる。
結果から言えば、それは細川の予言通り、零火の圧勝。風を使える相手に煙幕を張ったのは、『白兎』が手を抜いたことの証左に他ならないだろう。暴風と極寒の中、刃を削ったナイフを片手に氷漬けにされて身動きが取れなくなった『白兎』は、知っていたかのように降伏を宣言する。
零火による質問タイムが始まった。
「まず、あなたは何者なんですか?」
「私の名前を明かすことはできない。コードネームは『白兎』。簡単に言えば、異世界国家のスパイだよ」
それから細川の方を向いて問う。
「キミは聞いたことない? 精霊自由都市共和国群。向こうの三大国家の一角なんだけど」
「確か、アルレーヌ大森林がそこにあったな」
以前、精霊と契約した際、ラザムがそんなことを言っていたようなはずだ。精霊自由都市共和国群メルトナ州アルレーヌ大森林ホルーン水源湖、そこが彼らの棲む精霊集落の位置だ。
「そう。アルレーヌ大森林は、北部メルトナ州に位置する。私は共和国のスパイチーム『幻影』から派遣された。『幻影』は、現在悪魔の全討伐を目的に動いている。その過程で、総合魔法適性が歴史的にも稀有なほど高く、既に堕天使とも接触した経験のある、そこの天才に声をかけた」
『白兎』は、そう言って細川を指し示した。
彼自身、魔法に適性がないとは思わないが、そこは自分の才能をあまり高く見ない彼だ。自他ともに残念ながら、細川は自分が天才ということを認めていない。才能が皆無ではないにせよ、せいぜい人より多少上という程度にしか考えていないのだ。中の上、よく見積もっても上の下。これが彼の自己評価である。
零火としては、細川には自分の才能を、いい加減認めてもらいたいと思っている。でなければ、こうも毎日襲撃をかけて返り討ちにあう自分が凡才以下だと暗に言われているようなものだ。彼女としては、その辺をもう少し自覚して欲しいと思う。
「自分の仕事に他人を巻き込んでも問題ないんですか? かなりの任務のようですけど」
零火の質問に対する『白兎』の回答。
「覚えておくといいよ。工作員は、任務達成のために多くの協力者を使う。使えるものはなんでも使うし、手段を選ばない」
「だったらこちらも手段を選ばず、拷問にでもかけてみましょうか」
細川が、またどこから取り出したのか分からない拳銃を突きつける。マナ・リボルバーと名付けられた一品だ。シリンダーにセットされた魔石を切り替えることで、いくつもの魔法を使うことができる。まだ脅迫にしか使用されたことのない不名誉な経歴の銃だが、元々は敵と交戦するための武器である。
二週間前にもそうしたように、『白兎』の喉元に照準を合わせ、引き金には指をかける。
「まだいろいろ隠しているな。必要なだけ喋らせるか」
「そうしたら死ねるね」
「死なせない。気絶昏倒する前に、傷は癒える。何も問題はない」
「キミ、スパイに向いてそうだね。機会があったら共和国に亡命して、『幻影』の仲間にならない?」
「本気でそんなことになれば、検討しますよ」
細川が拳銃を持った手を振るうと、どこへともなく姿を消す。
その様子を呆然と見ていた零火が、やがて思い出したように口を開いた。正面に、三本の指を立てている。
「条件を三つ提示します」
「何かな?」
「まず、私の身の安全を保証すること。堕天使なんてものと戦うのなら、これを確約してください」
「もちろん。何かあればすぐ対応できるように、予め策を置く」
「二つめ。最低でも三回に一回は襲撃に参加すること。あなたが先に言ったことです」
「ええ、私から言ったことだよ」
「二人まとめて吹き飛ばすだけだな。受け身の練習をしておくといい」
「「───」」
「なんだ」
「……いや、別に。三つめ、滅霊僧侶団の破壊にも協力すること」
「ふうん?」
「なるほどな」
『白兎』と細川は、それぞれ微妙に異なった意味で感銘を受けたようだ。先の発言──使えるものはなんだって使う──を早速利用した形だろうか。
滅霊僧侶団について説明された『白兎』は、すぐに頷いた。
「いいとも、それくらいならいくらでも」
「滅霊僧侶団も堕天使の傀儡とかなら楽に片付きそうだが、そうではないだろうな」
細川の呟きは無視されたようだ。
そうして、彼等は新たにコードネームを得る。零火には『氷人形』、細川には『霊眼』。
悪魔と滅霊僧侶団、二つの敵を相手取る、二正面戦争の開始だ。




