第一話-6
細川が自宅に帰ると、一人の少女が飛び出してきた。魔力使用者としての傍付きであり、一三名に揃えられた大天使の一人でもある。得意分野は魔法陣で、その技術は本来精霊術にしか存在しないはずの防御結界を、そのまま再現してしまうほどだ。名を、ラザムという。
「やっと帰ってきたんですね。今までどこにいたんですか?」
「悪かった、ちょっと復讐の目処を立てていた」
「……?」
ラザムは不思議そうにしたが、細川が事情を説明すると、やがて驚いた顔をした。無論、スパイの存在や零火の参戦に関わる決闘など、伏せるべき情報は伏せた上でだ。
「……つまり、ルシャルカを倒せるかもしれないということですか?」
「ああ、そういうことだ。放ったらかしにして悪かったな。聞いたところ、堕天使は中級下級の悪魔を生み出し、人間に害をもたらす。で、それが何故か、俺を目の敵にしているという話だ。そこで俺が囮兼トラップとなり、奴をぶっ潰す。ついでに滅霊僧侶団も引き潰してやろうと思う」
「……天使は、魔王様の能力の片鱗を、生まれつき獲得しています。ルシャルカはそれを魔力使用者の契約中に使用し、堕天しました。つまり、元は私と同じ大天使。無茶はしないでくださいね? 私も決戦には参加しますから」
ラザムの参戦について、細川は何も言わない。
やらせたくはないが、来るなと言っても来るだろうし、彼としては、他人の復讐に口出しをできる立場ではない。彼がルシャルカを倒そうとしているのも、ラザムに手を出されたことが原因なのだ。
「とにかくそんなわけで、明日も今日と同じくらいに帰る」
「本当に、無理はしないでください。最近、細川さんの身体に大きな負担がかかっているのはわかっているんです。休める時にはちゃんと休んでください。でないと……」
「元々残り少ない命が、そうそうに潰える、か」
「……! 気づいて、いたんですね」
「元々丈夫な体じゃないんだ。魔法で酷使していれば、寿命なぞたかが知れている。そもそも短命だとは思っていた。もっと労わってやらないと、五年程度で死ぬだろうな」
魔法だけではないだろう。九九の契約が体を縛り付けているのだ。命を削らない方がおかしい。魔法適性が高いとは言うが、案外そのせいで命の蝋燭に猛火を灯しているのかもしれないのだ。
「なあ、ラザム」
天使を隣に座らせ、細川はソファに身体を沈める。そして夢を見るような口調で、何気なさそうに呟いた。まるで、現世に視線を残していないような、儚げな表情で。既にこの世を去ることを覚悟した状態で、それでいて死後を憂えているかのような。
「──君の本来の主は、幽霊の認識障害について、何か知らないだろうか」
ラザムは、そんな細川の横顔を、ただ眺めるしかできなかった。長い黒髪に隠された、横顔を。
ただ、眺めるしかできなかったのだ。




