第一話-4
細川が精霊たちと契約を交わしてから、四ヶ月程度が経過している。その間契約精霊との親和性を非常に高くしていた。一月半ばの時点で既に精霊の視界を脳内に取り込むことには成功していたが、長時間その状態を維持することは、脳に負担がかかりすぎるので不可能だった。
だが、細川はその負担を大幅に削減することに成功した。というか、慣れた。
無論負担がかかることには違いはないが、視神経の情報処理に費やすエネルギーを外部から供給し続けることによって、かなり無理のある仕組みではありながら、一日のうち八時間ほどは全方位の光学情報を得続けることができるようになったのだ。
「まあ、そんな具合でして。『白兎』さんが八時前からビルの屋上に立っていたのも、とっくに見えていたんですよ」
「あら、困ったわね。ただの一般人に、そこまでばれるなんて。ほんとにキミ、スパイじゃないの?」
「ボクは一度も否定していませんよ」
まだ、と付けないところが、彼の彼たるところだろう。現在地細川は、『白兎』の車に同乗して、自宅方面に向かっていた。信用できる相手の車だから、ではない。少なくともこの程度の相手であれば、牙を剥かれたところでいつでも反撃に出ることができ、結果として大して危険にならないと断じたからである。有り体に言えば、舐めている。
今は彼が当然のように使っていた技術である『精霊の目』が、実は総合魔法適性なるものが高かった故に可能であったのだと知らされたところだ。
実は以前、細川の契約精霊でもある大精霊のライにも言われたことなのだが、何しろとぼけた狸のことだから、いつもの調子で冗談を言っているのだと思ったのだ。急に真面目なことを言うのはやめて欲しい。
「としても、ボクにも出来ないことはありますからね。車の運転なんて、年齢的にまず不可能。まあ何かの機会で、カーチェイスに巻き込まれるものと考えています。これは予測ではなく期待ですが」
「ドライビングテクニックなら任せなさい」
これは期待してもいいだろう。ホンダ・S2000という車が、ただの見栄でないならば。
「ところで、どうして契約精霊の力を借りなかったんです? 視界拡張はともかく、せめてもう少しましな勝負ができたでしょうに」
『白兎』のペンダントは、細川の契約精霊が視認している。服に隠れてはいたが、そんなことは些事だ。細川は微精霊、準精霊本精霊いずれとも契約を交わしているが、戦えるものがほとんどである。すると、『白兎』は自嘲するように言った。
「私は精霊との相性があまり良くないのよ。唯一契約している微精霊は、人の体の状態を読むことしかできない。狂いはないんだけど、一点特化って感じかしらね」
「それはそれで、便利な能力だとおもいますがね。虚勢を崩すのに使えそうだ」
「これはまたずいぶん、性格の悪いこと」
「言われるまでもなく」
「それより、自分が規格外だって自覚はないの?」
「何の冗談です、それ?」
「…………」
事実を伝えただけで、ぶつぶつと何かを言われた。腑に落ちない。
彼は最初に魔術魔法を習得した際も傍付きのラザムから、「習得が早い」と評されているのだが──彼は、そんなことは忘れているのである。




