閑話四-2
「「「「「出たあ──!?」」」」」
「いや本当になんだ、葬式の最中に死者が起き上がったような顔をして」
女子会を葬式と失礼な表現をしたのは、誰であろう、細川しかいない。彼はたった今、休憩がてら軽食を摂りに、アルレーヌから戻っていたのだ。自分が話題に挙げられているとは知らずに。
状況説明を求めると全員が一遍に喋り始めて何も分からないので、細川は一度全員黙らせると、最年長者であり圧倒的に付き合いの長い綾香に説明を求めた。
事情を聴くと、細川は女子会の話題に自分が上がっていたことに対しては居心地の悪さを感じたらしいが、「なぜ綾香は細川に姉様と呼ばれているのか」というのが最重要議題だったと知ると、意外そうに目を瞬かせた。
「なんだ、もしかして姉様、覚えていないのか?」
「あたしとしては、あたしが忘れてることをあんたが覚えてるっていう状況に、かなりショック受けてるんだけど……?」
何を失礼な、と苦言を呈すると、細川はその場に銀魔力の簡易的な椅子を作り座った。
「そうか、姉様本気で忘れたのか。一〇年前にあった、あれを」
「先輩、『あれ』ってなんすか?」
「まあ隠すことでもないから言ってしまうが、本当に聞いても面白い話ではないと思うぞ? 俺の両親が何かの用事で家を空けるとき、ついて行けなかった俺は川端家に数日間預けられていたんだ」
零火の視線がやや疑り深かったが、細川は、「細川家と川端家の間ではよくあったことだ」と言って話を続ける。実際、本当によくあることだったのだ。
「そのとき川端家に交じって、俺も何かのイベントに連れていかれたことが何度かあったんだ。もう何のイベントだったのかよく覚えていないしそもそも当時も理解していたか怪しいんだが……。多分そこのスタッフだったんだろう、子ども三人、誰かに兄弟かと聞かれて真っ先に姉様が答えたんだよ。『わたしが長女です』とな」
まさかの自分が原因だったと知らされ呆然とする綾香。一斉に彼女を振り返る女子四人。そんな五人の反応に構わず、「今思えばどこでそんな言葉を覚えたんだろうな」と言って懐かしそうに笑う細川。
「まあその発言自体は間違ってない。実際、姉様は川端家の長女だからな。とはいえ場面が場面だ、まだベビーカーに乗っていたゆずなは何も言わずとも妹だと認識されていたんだろうし、姉様がそう答えたものだから、俺はスタッフには弟として認識されたんだろう。結果、俺はその日一日中、姉様の弟として過ごすことを余儀なくされたわけで」
「そ、それで、なんでそこから『綾香姉え』呼びが続いたわけ……?」
これ以上は聞くのも怖いとでも言いたげな綾香。「『綾香姉え』はそもそもどこから出てきたのか?」という新たな疑問にぶち当たる女子四人。完全に回想モードに入っている細川。
「ああ、『綾香姉え』の呼び名は、多分ゆずなを参考にしたんだと思うぞ?」
「そこでわたし!?」
「ゆずなは確か、当時二歳くらいだったったと思うが、既に俺のことは『裕兄い』と呼んでいたからな。姉様を姉扱いするにあたり、呼び名を変える際にそれを参考にしたのだと思われ」
原因が自分たちだったと知って悶える姉妹。どう反応していいのか分からなくなってきた女子三人。ちょっと面白くなってきた細川。
「綾香姉えと呼び続けたのは、単に語感が気に入ったからだろうなあ」
初めの理由は、こうして判明した。思った以上に自分たちにダメージが入り川端の姉妹は悶えているが、好奇心が爆発したらしい零火はそんなことには構わない。
「じゃあ、呼び名が『姉貴』に変わったのは?」
「姉貴? ああ、それは多分、親父が死んだときだったな。……当時の醜態はあまり思い出したくない。本当にどうしても知りたければ、俺のいないところで母さんにでも訊いてくれ。というか、これくらいの時期なら姉様も覚えているんじゃないか?」
「あたしに抱きしめられて本当のお姉ちゃんみたいに感じたんじゃない?」
「だからそれを、俺のいないところで話せというのに」
「先輩、可愛い時期があったんですね」
「うるせえ黙れ雪女」
珍しく余裕を奪われ、常になく雑である。
「じゃあ、今の『姉様』に移った理由は?」
「原因、多分銀チェス」
「銀チェス……?」
「小説、銀河のチェスボード……ってことはもしかして」
「元はグリーンヒル元帥の真似だったんだろうねえ……」
……総じて思ったより大したことのなかった事情に、女子会の一同は、二人ほど羞恥に襲われ、それ以外は興味を失い、一週間後には話の内容を忘れてしまったのだという。
閑話祭り、これで終わります。今日夕方の更新はお休みして、明日朝からⅡ期入ります。




