閑話四-1 なんで姉様?
仮想空間に設置された、細川の屋敷。その広間にて、五人の少女がテーブルを囲み、談笑していた。
細川の傍付きである大天使、ラザム。細川の被保護者である幽灘と姉の零火。細川の幼馴染である綾香とゆずな。屋敷には細川はいない。現在はアルレーヌにて、大精霊のライとともに、精霊術魔法か何かの修練でもしているのだろう。要するに、これはただのお茶会、あるいは女子会の光景であった。
そして現在話題に上がっているのは、他でもない、この場に不在の細川裕その人であった。
発端は、零火が可愛がっている後輩のゆずなを溺愛する、綾香との接点を持ちたがったことだった。それだけなら妹を愛する姉同士、どこかの喫茶店にでも赴けばよかったのだが、幽灘もまた細川の幼馴染の姉妹に興味を持ち、ラザムもそれに同調したので、自然と参加者は五人に膨れたのである。
そしてどこかに集まろう、という話になったとき、ちょうど細川が屋敷を留守にするという話を幽灘が聞きつけた。ラザムが細川に尋ねると、広間の使用許可はあっさりと下りた。
「君たちなら俺に害のあることはしないだろう?」
零火が襲撃に備えて何か仕掛ける、といった行為は想定しなかったようだ。あるいは、それを考慮してなお、「俺に害のあること」と見做さなかったのか。
いずれにせよそうして広間の使用権を獲得した五人は、適当な配置で席に着き、話に花を咲かせることになったのだ。そこで話題に上がったのが、全員にとって強いつながりのある共通の知人、細川裕だった。この時点で本人が聞けば、「もっと他に有意義な話題があっただろうに」と呆れること疑いない。
その中でも特に呆れること疑いなかった話題が、「なぜ細川は、綾香のことを『姉様』と呼ぶのか?」という疑問だった。問題提起された後は、もうひたすら話し合うだけになる。なぜなら、これは姉様呼びされる本人である綾香ですらも、真相を知らないのだ。
「綾香お姉ちゃんの方が誕生日が早いとかじゃないの?」
「裕の誕生日は七月、あたしは一〇月だから、あたしの方が実は後なんだよ」
「綾香先輩が、そう呼べって言ったとか」
「そんな記憶はないかなあ……」
「細川さんがそう呼ぶに至った経緯が何かあるはずですが……そもそも、一体いつから?」
「わたしが気付いたときには、綾香姉えって呼んでたような……?」
「もしかしたらあたし、ここ数年間あいつに名前呼ばれたことない……?」
「でもゆずなが物心ついたときには、まだ名前は残ってたってこと?」
「なんか、今は名無しさんみたい」
「そういう意味ではないと思いますが、呼び名も少し変わってるということでしょうか?」
「そうだね、そういえば、昔はちょっと違ったかもしれない。最初は確かに、綾香って呼ばれた記憶はあるかも」
「呼び名が変わったきっかけがあるはずっすよね」
「思い出せたら苦労しないんだけどねえ……」
「じゃあ、『綾香姉え』が『姉様』になるまでにも何かあったってこと?」
「確か、今の『姉様』になったのも、割と前じゃなかった?」
「前と言っても……ああ、中二の頃には既に姉様って呼ばれてたかもね」
「でも中学入ったころは、まだ『綾香姉え』だったってことっすか?」
「いや、『綾香姉え』と『姉様』の間に、実は『姉貴』の時期もあったよ」
「「「完全に家族の呼び方だ!?」」」
「そういえばそうだった」
明らかになっていくにつれむしろ混迷ぶりを極めていく呼び名騒動。ただの女子会で消化するにはあまりにも難題過ぎたが、そもそも人の心を読むこと自体、不可能に近い。
「それでもあたし、あいつの考えることは今ならある程度分かるんだけどなあ……これに関しては、まだその技術がなかったころのことだし、それにかなり自然に呼び方が変わったことだから、気付けなかったのかも」
お手上げ、と肩を竦める綾香。彼女が分からないとなれば、もうこの問題は迷宮入り──とはならない方法が、一つだけあった。それは、彼女たちが常になく真面目に考えこんでいると、広間に現れた。
「女子会をするから広間を貸せというから貸したが、この空気は一体何だ、姉様。葬式の聞き間違いだったのか?」




