第八話-5
転移して仮想空間に入ると、細川は改めて銃口を成瀬に突き付け、
「その場から動くな」
と言った。
「念のため言っておく。ここは仮想空間、地球とは全く異なる空間であって、当然ながら日本領ではないし、国際連合からも認知されていない。したがって、どの国の法律にも縛られず、守られない、真の意味での無法地帯だ。この意味が分かるな」
つまり、細川の機嫌如何によってこの場で成瀬を射殺したとしても、細川は捜査を受けることもなく、逮捕・拘束されることもなく、処罰を受けることにもつながらない。
例え友人たる立花に想いを寄せる少女が相手だったとしても、この場で配慮を加える理由はない、と細川は言っているのだ。下手なことをすると本気でいつでも殺せるのだぞ、という、これは警告である。実際に細川が成瀬を殺すかどうかはさておいて。
「そのつもりで答えろ。あんた、何が目的で俺に接触した?」
「それは、言えない……」
「黙秘権があると思うな。俺は敵を排除するためなら、時には拷問も厭わん。それともやはり、精霊に記憶を漁らせた方がいいのか?」
「……!」
細川と成瀬を、無数の光が取り囲む。口を割らないのならば、滅霊僧侶団のように、という決断を細川が下しかけたとき、成瀬を囲んでいた精霊のうちの一体が、細川に異物の存在を知らせた。どうやら、対応の変更が必要になるかもしれない。
細川はマナ・リボルバーの撃鉄を起こし、成瀬には、持っている金属及び電子機器類を全て地面に出すよう指示した。そのうえで再度精霊に身体検査をさせても、やはり異物の存在を告げてくる。ということは、異物というのは、細川が想像するもので間違いないらしい。
細川は成瀬の背後に回ると、銃口をその背中に向け、引き金を引いた。銃口からほとばしる電撃が成瀬の身体を包むが、この出力は、先月ゆずなのストーカーに浴びせたものよりも遥かに弱められたものだ。これは銃の質が落ちたのではなく、その仕組みと性能に由来する現象だ。
マナ・リボルバーは細川が攻撃を瞬時に行うための武器ではあるが、攻撃の威力自体は、実は細川の手元で若干の調整が可能だ。あまり威力を高くしようとすると、許容範囲を超えた場合はシリンダーが暴発し命の危険があるが、要は彼の指先からマナが銃に流入する際、その量と勢いをコントロールすればいいのである。一般的な精霊術師には不可能な技術ではあるが。
故に、今回の電流は成瀬の身体を痺れさせ、一時的に立ち上がれなくするほどの威力ではあったものの、目的はそこではなかったので、これで充分だった。仮想空間の地面に倒れた成瀬のブレザーから、白色の円盤のような物体が転がり落ちた。細川の目的はこちらである。
拾い上げ、ひびを無理やり広げてやると、中には小さな電気回路が見えた。
「なるほど、盗聴器か。口を割れなかったのは、こいつのせいか?」
無言で頷く成瀬。やはり背後には何者かの意思が働いていたようだ。そして望まぬ役回りを強いられ、その行動を監視されていた。これでは事情を吐けなくても仕方がない。見たところ自殺用の爆薬や劇薬は所持していないようなので、あとはもう、情報を吐かせるだけである。
「ではそろそろ、真相を吐いてもらおうか。監視手段は破壊した。口を閉ざす理由はもうどこにもないだろう」
「それなら、あたしにまで電気を浴びせた理由は何なの?」
「理由がどうあれ、一度は敵の手足となったのだ。そのことに対する罰とでも思うんだな」
その後、成瀬は本当の目的について供述したが、その前に、自身が立花勝哉を想っていたのは事実であると断ったので、本筋から外れたやり取りが五分程度続いたことを、ここに記しておく。




