第八話-2
成瀬七実と名乗った彼女の依頼は、紛失した小箱を探し出すことだった。制限時間は最終下校時刻までの、残り一時間と三〇分ほど。依頼としては大した規模ではないが、細川は色々と物申したい気分である。
「人選ミスどころの話ではないぞ、これは。なぜ俺は今日、あちこち妙な事態に巻き込まれ振り回されているんだ。部活に出ることなど考えずに帰るべきだったか」
「そんなこと言わないでよ、あたしだって、ほんとはこんなこと人に頼みたくないのに」
「だったら一人で探せばいい。あんたが俺を巻き込んだんだぞ」
「無理言わないでくれる!? 恋する乙女が助けを求めてんのよ!?」
「知るかそんなもの。探し物の内容的に、頼るべきは知らない男より見知った女友達だろう。そもそもそんなに大切な物なら、なぜ杜撰な管理をした。自業自得以外の評価があるか」
「だってしょうがないでしょ! 友達みんな、部活行ったか帰ったかしちゃったんだから! それに、絶対誰かが持ってるんだって! あたしだって、わざわざ用意したのに自然になくすような管理はしないよ」
「現になくしているだろうが」
「だから恥を忍んで助けを求めたんじゃん! しかも手伝ってくれてるし」
「ある種の現実逃避だ。今の気分を例えるならば、親友を失って寝込んだ際に悪夢を見ているようなものだぞ。誰が好き好んでこんなことに手を貸すと思っている」
「うわあ、冗談でも聞きたくない例え方……」
特に細川にとっては冗談にならない冗談を口にしながら、それでも手は止めず互いの方を向かず、失せ物探しを進めていく。捜索しているものはラッピングされた小箱で、中には手製のチョコレートが入っているという。バレンタインデーなので想い人に渡そうとしたというのだが、成瀬は肝心の小箱を紛失したのだ。
もはやチョコレートを渡される誰かが不憫に思えてくるのだが、それは当事者同士の問題であり、それをどうにかしろと依頼に含まれない以上は細川の知ったことではない。
そもそもそんなに大切な物を紛失した経緯というのが、細川の聞くところ、あまりにも間抜けな話だった。
まず成瀬は、前日までに用意しておいた小箱を鞄に入れ、学校まで持ってきた。すべての授業を受け終え、帰り支度をしていた際に、小箱は一度、鞄から取り出し机の上に置いたのだという。問題なのはその後で、彼女は帰り支度を整えたのち、その小箱を鞄に戻し忘れ、机の上に置き去りにしてしまったのだ。
気付いたのが、それから一時間が経過した先刻だった。急いで教室に向かうも、既に机の上に小箱はなく、廊下でたまたますれ違った顔見知りの女性教師に確認してもらっても、職員室には小箱の忘れ物は届けられていないのだという。
残る可能性は誰かが小箱を持ち去った、すなわち置き引きしか考えられない、というのが成瀬の主張だった。あまりにも間抜け、そうはならんだろうというのが、一連の説明を聞いた細川の感想である。いろいろとおかしな点があり、確信はないまでも不信感しかない。
「だいたい、これが『最強の魔法使い』にやらせることか? この学年に王族貴族がいたとは知らなかった」
皮肉を言ってやると、
「あたしだって、最強の魔法使いがこんなに口の悪い人だなんて思わなかったわよ……」
先方からも苦言が返ってくる。なんとも生産性のない、無為な会話だ。そうでもしなければ、作業の地味さに互いに耐えかねるからであったが。
「ついでに謝っとくと、俺は探し物が苦手だ。強いて例えるのであれば、蝋燭の火がケーキを焼けないように」
「なんの例えだよ」
「最近はものの例えも苦手だ」
先が思いやられる、と成瀬が呟くのが聞こえた。




