第六話-8
「ところで今日は、ここに泊まると言っていたが」
「あ、はい。なんか部屋余ってそうだし、いいかなと思って」
「いや、それはさっきも言った通り別に構わんのだが。親には言ってあるのか? ここには携帯電波入らんぞ。仮想空間は電話も通じないし、インターネットも届いていない」
「ああ、それは大丈夫っすよ。最初に言い出したの、私の親の方っすから」
「そうかい、それなら他に問題もないか」
そんな流れで、零火の宿泊が決まった。相木田中学校や菅野台高等学校は、生徒が宿泊を行う際は届出を義務付けているが──そんなことは些事だ。旅行でないので適用外とでも解釈しておく。ただの宿泊でも保護者同士で了承を得て連絡を取り合うように、とされているが、細川家はこの辺り、「ばれなければ無罪」という倫理観だし、零火曰く平井家はそもそも、そんな規則をいちいち意識はしないのだという。互いにそれはどうなんだと言い合ったが、権利や義務が絡むでもないのに問題ないものをわざわざ問題にすることもない、という結論で落ち着いた。
細川は皿を洗い終え、広間の壁によりかかって立っていた。腕を組み、片足を曲げて脱力させるという横着な姿勢で、零火の作業する様子を眺めている。
「大抵の部屋は空いてるから、好きに使ってくれていい。寝室は玄関側の方角にある部屋だ。誰かが使ってる部屋は表札をかけてあるから、すぐに分かるだろう。あと、ロープが貼ってある部屋は爆破事故を起こして閉鎖されてるから、入らない方がいい」
入るな、でも入らないでくれ、でもなく、入らない方がいい──そういったところに彼の性格が現れていると思いたいが、今回の場合、別段入られて困ることはないとか、単に危険なだけなのだろう。
「──片付け終わりったっすよ」
「そうか、ご苦労。風呂はどうする? 浴場が空いてるが」
「それは、帰ってから朝風呂行くからいいです。それでは、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
荷物を持って、細川に言われた通りの適当な空いた部屋に入り、零火はベッドに倒れ込んだ。まったく、誰が来るとも分からないのに、どうして寝室が大量にあるのだろう。軽く見た限りでも、空いた寝室は一〇はあったはずだ。細川は屋敷でこそラザムや幽灘と一緒にいるが、外で観察してみても、孤独が服を着て歩いているようなものだ。屋敷に招待するような交友関係があるとも思えない。
ベッドに転がり、うつ伏せで力を抜くと、一日分の疲れがどっと押し寄せてくる。もうこれ以上動きたくなくなるような、その感覚に波打ち際のようなものを連想しつつ、
「……泊まるつもりあったのに、パジャマ持ってこなかったな。裸で寝るわけにもいかないし、どうしよう」
そんな問題に行き当たった。着替えたいが、着替えがないのでは仕方ない。細川に頼んでみれば寝巻き替わりになるものを渡してくれそうな気がしたが、それも何となく気が引ける。結局上着を脱いでシャツ一枚になることで、妥協することにした。どうして今日、スカートを履いてきたのだろう。
必死で怠惰を訴えかけてくる身体を叱咤して起き上がり、上着と靴下を脱ぐ。今度こそ全身を投げ出し、毛布もかけずに気だるさに身を任せて目を閉じた。そのまま、布団に溶けたようにして眠った。




