第六話-2
「上がり!」
「あれっ、いつの間に」
一人勝者が出たようだ。クリームを混ぜながら細川がそちらを見ると、どうやら勝ったのは零火であるらしい。一人が勝つとその時点で終了するゲームらしく、ボードを片付けながらラザムが次のゲームに誘っている。何とかして勝つまで続けるつもりだろうか。
焼いたスポンジにナイフを入れ、細川はクリームとフルーツを挟み込む。今日は普段と比べてもかなり機嫌はいい方だ、手元に狂いはない。
「キウイと苺が余ったな」
上に乗せるのはブドウとバナナなので、もうこれは使わない。ボウルにキウイフルーツと苺を入れて広間に赴き、テーブルに差し入れるついでに戦況を視察する。
種目はオセロのトーナメント。ライと幽灘、ラザムと零火の組み合わせだ。後者の組はいい勝負だが、幽儺はライに、いくらか押されている。去り際、
「幽儺、君から見て手前に三つ、右から四つめに白だ」
「ここ……? あ、凄い!」
「ユウ、今のはずるいよ! 君どっちの味方なんだい?」
「契約相手の、さ」
堂々と嘯き、真っ黒な盤面を勝手に白で塗りつぶした細川は、更なる追求を避けてキッチンへと帰還する。ケーキの外側にクリームを塗っていると、
「勝った!」
という声が聞こえてきた。また零火が勝ったらしい。
「負けました……」
と言って敗北宣言をするラザムに向けて、零火は上機嫌に喋る。
「相手が悪かったわね。くじで私と組んだのが運の尽きよ」
「まあ、運も実力のうち、と言うからなあ。ラザムが負けるとは思わなかったが」
「……」
思った以上にダメージを受けているようだ。ここはそっとしておいてやろう、と細川は判断する。ライと幽儺のペアはと言うと、細川が助言を入れたときのまま形勢は変わっていないらしい。つまり、幽儺の優勢。この姉妹、何となく力量が見えている気がする。勝負はもちろん幽儺の勝ちに終わり、優勝者及び三位決定戦へ移った。
トッピングを終え、完成したケーキを冷蔵庫に入れた細川は、一度自宅へと帰る。読みかけの文庫本を持って再度屋敷に入ると、そこで見たものは、
「お姉ちゃん、こんな弱いんだっけ?」
という戸惑いの声を発しながら、ボードを組み上げていく幽儺だった。盤面は幽儺の黒一色。都市部から観測される星のように、白がちらほらと見えなくもないが。
「……相手が悪かったわね」
「……!」
「くじで私と組んだのが運の尽きよ……」
「……!!」
背後でぼそりと呟いた細川の声をかき消すように、零火が絶叫する。そうしておいて、彼はにやりと笑うと、
「せいぜい負けないように頑張れよ、雪女」
「先輩、嫌い……」
零火は、何故か細川のことを「先輩」と呼ぶ。恐らくは細川も零火の在籍する相木田中学校の卒業生だからだと思うのだが、実際に理由を聞いたわけではないので、それは定かでない。
そして隣に視線を移すと、
「大天使様、これ本気?」
「ど、どうして私は……」
平井姉妹似たようなことが起きていた。ラザムは相当、オセロに弱いらしい。零火は先程、「なんとなく勝ってしまった」のだろう。さて、相手が悪かったのはどちらの方か。最終的な結果がどうなったのか、言うまでもない。
「部外者だから何も言わないが、最初の勢いはどこへ行ったんだ、零火」
「雲散霧消、吹雪の彼方」
なんとも雪女らしい答えである。




