第五話-7
幽灘の姉は平井鈴花、相木田中学校二学年。同窓の細川からすると、二つ下の後輩ということになる。鈴花に語らせたところ、彼女が雪女になった経緯は詳しくは不明なのだという。本人曰く、
「柚那が雪崩から逃げ遅れて死んだっていうのがどうしても受け入れられなくて、飲まず食わずのまま三日三晩雪山を探し続けた結果、低体温症で意識が朦朧としてそのまま眠りかけた。誰か綺麗な女性の声が聞こえたような気がして目を覚ましたけど、そのとき何があったのかは分からない。山を降りて人に言われて初めて、見た目が変わっていることに気付いた」
「随分曖昧な情報だな」
などと反射的に細川は言ってしまったのだが、よく五体満足に生還したものだと思う。雪の中を探し回ったのならまた別の雪崩に巻き込まれて窒息したり、凍傷になれば指が落ちていた可能性もある。それに飲まず食わずとなれば、脱水症状に陥っていた可能性もあるのだ。本当に、極限状態から生き延びたことがまず驚くべきであった。
まあもっとも、そんなことをしていたと知られて、鈴花は現在柚那に怒られているのだが、叱られているのは彼女一人ではなかった。実は細川とライも同様である。
「細川さん、やっと起きて出かけたと思ったら、私に相談もなく一人で柚那さんの保護を決めるなんて……しかもこんな契約も二個増やしてしまうなんて。いくらなんでもやりすぎです。それを手伝った大精霊様もですよ」
こちらはラザムが、何の断りもなく契約を結んだ点に関して一人と一匹に怒っていた。これは反省である。
二個増えた契約、というのは、一件は無論柚那を保護するというものだ。もう一件が問題であった。それは、鈴花の気が済むまで、あるいは細川を降伏させるまで、彼女に一日一度の襲撃を許可する、というものだ。無論他者を巻き込み危害を加えたり、地域に影響を出したりするのは避けるよう確約させたが、それを細川は、ライの手を借りて契約を結んでしまったのだ。
そうやって細川が危険にさらされるような契約を結んだことに対し、せっかくルシャルカから身を守るための手段として精霊と契約を結んだのに、新たな脅威を自ら増やすとは何事か、と憤っているのだ。内容があまりにも正当性がありすぎるので、細川は刹那、反論を放棄してしまうところであった。
実はこの契約には、鈴花の憂さ晴らし以外の目的もあるのだ。
「こうしておけば、鈴花は俺を降伏させるため、あらゆる手段をもって攻撃を仕掛けてくるだろう。対して俺は、今は鈴花の実力を上回っているとしても、まだ向上が必要なレベルにある。防戦に関して、鈴花の襲撃は難易度的にもちょうどいい訓練になると思う」
「それでしたら、言ってくれれば私ができましたのに……」
「いや、それでは訓練にならないだろう? 君がやると、実力差がありすぎて俺が手も足も出ないか、逆に君が気を遣いすぎて話にならないか、そんな未来しか見えないんだが」
ラザムが不満そうに頬を膨らませているが、それを細川は両側から人差し指で押してしぼませる。とにかく鈴花の存在は僥倖だったのだ。これを利用しない手はない。そう言って、細川はなんとかラザムを納得させた。
仮想空間に建てていた屋敷を柚那の保護に使うことに関しては、特に何も言われなかった。




