第五話-6
この状況下、妹と言われて該当するのは、細川の隣にいる、この少女しかいないだろう。
「柚那、あれは君の姉か?」
「……うん。髪と目の色は違うけど、ゆなのお姉ちゃんだよ」
妹本人の確認が取れたことで、雪女が柚那の姉であることは確定した。だが髪と目の色が違うとはどういうことだろう。
「山に行く前は、お姉ちゃんの髪は黒かった。でも久しぶりに会ったら、知らない色になってる」
「つまり染めたか、自然に抜け落ちたか、というわけか。髪が脱色するとしたら、相当なストレスがかかったことになるが……」
まあ、その線はありえなくもないだろうな、ど細川は思う。早とちりして細川が柚那を連れ去ろうとしていると誤認しているのだ、よほど妹を愛しているのだろうし、失ったと認識したことで精神に強いストレスがかかるのは、よくある話だ。細川は、髪の色は抜け落ちなかったが。
だが、それは髪色に限った話だ。柚那は、「髪と目の色は違う」と言ったのである。つまり、目の色も同時期に変化した可能性が高い。偶然ではなく、何らかの外的な要因があるとみるべきだろう。
いずれにせよ、今考えることではなさそうだ。下手に少女を刺激すると、今度こそ本気で殺しにかかってくるかもしれない。雪女とやらの能力がどれほどのものかは分からないが、というところまで思案して、細川はふと、あることに思い至る。
「柚那、君の知る限り、君の姉は以前からあのような能力を持っていたか?」
首を横に振る柚那。つまり彼女は後天的に雪女になり、その際に容姿が変化したとみるべきか。つまり、雪女としての能力の制御は未だ付け焼刃程度である可能性が高い。
(ならば危険度はライやルシャルカほどではないな)
そう考えると、いくらか心持に余裕が生まれた。
「死に別れたかに見える姉妹の再開にしては、随分と殺伐として物騒だな。いきなり吹雪まで起こしやがって」
「うるさい! 誘拐犯は黙って妹を返せ!」
激昂し、少女が大量の氷塊を生み出し、放ってくる。彼女もライやとかげや他の精霊たちと同じような攻撃手段を用いることができたのは驚嘆すべきだが、この場では柚那まで巻き込みかねない危険な弾幕だ。
「アル・シーラ」
反撃も考えないではなかったが、それをすると少女を跡形なく消し去ってしまうような気がしたので、細川は精霊術魔法で防御結界を張るに留めた。正六角形を敷き詰めたような形状の結界で、これある限り、光や音を除くエネルギーや物質は通過することができない。
大雨の日に乗る自動車のフロントガラスのような風景が終わると、細川は柚那の保護をライととかげに任せ、結界を解いて少女の背後に回った。
「こんな街中で、危ないじゃないか」
そう声をかけてやると、少女は分かりやすく身体を強張らせた。
「誘拐なんざ誰がするか。したとしても、ああも堂々と歩いてはいまいよ」
「だったらお前、何者だ」
「姓名は細川裕、魔力使用者兼精霊術師、訳あって、柚那の霊体を保護することになった何でも屋の店主といったところだな」
ひとまず早とちりだったことは理解できたのか、少女は黙って聞いている。暴れだす心配はないようだ。そうなったら今度こそ、手が付けられなくなるところだった。このまま路上で立ち話にするのも、ということで、細川は一度、話の場を魔法店に移すことにした。




