第五話-4
「どうして、ゆなの事分かったの?」
「うん?」
衝突した交差点から徒歩一分もかからない公園で、ベンチを見つけると、細川は柚那と並んで座った。そこでされたのが、この質問だ。細川は返答に困った。話を聴いたところどうやら死亡しているのは間違いないようだ。そして何やら複雑な事情があるようだが、さて、この場はなんと返したものか。迷った末、
「ニュースを見たからかな」
かなり怪しい答えになってしまった。まあ仕方のないことである。細川も、自分がなぜ柚那を覚えていたのか、そんなことは分からない。ニュース番組を見たのもたまたまの偶然であり、八歳という年齢が理由で印象に残ったのだろうか。確かにこれまでに見たニュースでも、特に意味もなく記憶に残っているものは数多くあるが。
「ううん、そうじゃなくて……。パパとママは、ゆなのこと分からなかった。君は誰だ、いつどこから来たんだ、って。それなのに──」
霊体不認識障害の対象から外れた、細川の正体が分からないからだろう。柚那は、おずおずと彼を見上げて……そういうわけではなさそうだ。そういえば細川が一方的に名前当てをしただけで、彼自身は名乗ってすらいなかったな、と思い直し、細川は名前を教えてやることにした。
「俺は細川裕。魔力使用者と精霊術師を兼ねた、ちょっとした何でも屋の店主──と言っても分からないか。どうしたものかな」
「ユウ、制限時間はあと三秒」
「焦らせるな、ライ」
言い換え三秒ルールは、細川の決め事だ。素早く相手に言いたいことを伝えるための、である。ちなみにそれが、まともに機能したことは一度も無い。
「暗闇に光る懐中電灯のような魔法使い」
「格好つけたね」
何も聞こえないし、別に格好をつけたわけではない。必要なことは伝わったようなので良しとする。
「へえ、魔法使いって本当にいるんだ」
「話を整理しよう。柚那は幽霊になったが、幽霊として人前に出ても、誰にも柚那だと分かってもらえない。そしてなんだかよくわからんお坊さんどもに追っかけ回されてぶつかってきたと。そんなとこでだいたい合ってるか?」
「うん。なのに、なんで店主はゆなのこと分かったの?」
たしかに妙なことではある。霊体不認識障害と便宜上名付けて呼ぶが、細川に思い当たる節はない。そもそも幽霊に遭遇すること自体滅多にあることではないので、先んじて何か対策をしていた訳でもなし。他に思い当たる節といえば、ひとつしかない。
「俺の存在そのものに付随する、特異性か?」
他に考えられることはない。魔術能力者という特性なのか、魔力使用者という立場なのか、そのどちらが作用しているのかも分からないし、そもそもそれが理由なのかも怪しい。どこぞの風船魔人に問い詰めたところで、相手も知らないか、はぐらかされるのがおちだろう。もともと頼るつもりは毛頭ないが。
両親ですら認識できないことは実証済み、僧侶集団は認識有無に関わらず幽霊を消しにかかる。それを細川は、なんの迷いもなく突破してしまった。強いて言えば、ニュース映像を見ただけだ。
「ねえ、もうひとつ聞いていい?」
「ん?」
「ゆなのこと……その、怖くないの?」
さて、なんの事やら。
「どうしてそう思う?」
「だって、ゆなは幽霊なんだよ!? 怖くったって当たり前なのに、店主はなんでそんな……」
「平気な顔しているんだ、と」
「……うん」
細川は、ベンチに座ったまま足を組みなおした。ついでに組んでいた腕は解いて腰の横に置き、
「考えたこともなかったな」
実にあほらしい答えを出した。
「そもそも怖いってなんだ? なんのためにある感情だ? 自己保身? 本能的なもの? だとしたら──」
彼は、コートの中に潜っていたライの鼻をつまんだ。
「お前にも恐怖を抱くべきだったんだろうな」
「「え?」」
細川とライの初対面は、なかなかに壮絶なものだった。隣に強力な魔術の使い手であるラザムがいたとはいえ、よく腰を抜かさなかったものだ。
「まあ、この際必要のない感覚なんだろう。君に俺の事を害せるとも思えないし、第一こんな少女が幽霊だなんて誰が信じられる」
頭に三角のあれをつけていなければ、経帷子も着ていない。足だって透けていなければ、だらりと手を伸ばしたようでもない。どこまでも細川の知っている幽霊とは違う。ふざけているのか、とでも言いたくなるような乖離度だ。
「いずれにせよ、怖がる方が難しい。最初見た時は、ニュースが間違っていたのかと思ったくらいだよ」
柚那が表情を崩すまで、そう長くはかからなかった。




