閑話一-1 こたつ事件
一一月が終わりに差し掛かる頃、細川家では大規模な掃除が行われていた。寒さに弱い細川家には、そろそろ暖房設備の稼働が本格的に求められるようになる季節だ。
扇風機やサーキュレーターが片付けられ、ファンヒーターやパネルヒーターなど、様々な暖房器具が引っ張り出されてくる。しかし現在、その作業の手は止められていた。重大な問題が発生したのである。
「まさか俺が、こんな失態を犯すとはな」
そう言って自嘲するのは、魔力使用者にして精霊術師としての魔法の使い手、細川裕だ。彼の母である細川裕子は近年やや家事から遠ざかっており、基本的にこのような掃除も細川が受け持っていた。
無論細川も、寒さには弱い人間だ。それを代償にして暑さには多少の耐性があるが、それはこの際どうでもいい。問題は、今現在、この場で起きていることだ。
派手な物音がした後、細川が作業を進める物音が聞こえなくなったことで、一人の少女と一匹の狸が様子を見に現れた。
少女は大天使のラザム、魔力使用者細川裕の傍付きだ。魔術魔法の師でもある。狸の方は大精霊のライ、精霊術師細川裕の契約精霊筆頭。その両者は、細川の手元をのぞき込んで何ともいえないため息をこぼした。
細川の手元には、ばらばらに分解された何かの装置だったものが散らばっていた。少し離れた位置には、木製のテーブルもある。これからの時期に求められる冬の魔物、これはその残骸だ。
断線し、修復不可能な状態になったこたつの骸が、そこにあった。
「細川さん、これ、何があったんです?」
勇気をもってその質問をしたのは、ラザムだった。器用な細川が、このようにこたつを壊すなど想像がつかない。何事が生じたのか、確かめなくてはならない。
「詰まっていた埃を取り除こうとして、ペンチの力加減を間違えたのさ。さて、これはどうしたものかね」
細川にしてみれば、滅多にないことではあるが、このようなミスは今まで一度もなかったわけではない。むしろ日常レベルであれば、稀に致命的な失敗を犯すことがある。それでもあって一年に一度くらいなものだが、その一年に一度の大失態が、よりにもよって、これから必要になるこたつで起きてしまったというわけだ。細川家にしてみれば、確かに致命的だ。
「ユウ、さっき、ファンヒーターと扇風機も分解して掃除してなかったっけ?」
「していたな」
「じゃあ、なんでこたつだけこんなことに?」
ライが追い打ちをかけた。そんなことは細川の方が知りたい。本当になぜ、こたつだけ失敗してしまったのか、不思議でならない。
「とはいえ失敗は失敗だ。一度起きてしまった以上、今更悔いても始まらない。何か対処法を考えなくてはな」
普通に考えれば、細川の物質操作魔術を使い、断線した部分をつなぎ合わせるのが最適解だろう。だが細川はそれに思い至るより先に、別の方法に行き当たっていた。
「そういえばラザム、前に、第二世界空間には第一世界空間にはない技術があると言っていたか?」
「はい、そういえばそんな話もしましたね」
「どんな技術だった?」
「魔法の発動を容易にする器具、魔道具のことでしょうか」
「それだ」
細川は感嘆して指を鳴らした。あまりいい音はしなかったので、彼は残念そうにしていたが。
「その技術を試したい。こたつに魔道具を組み込む」
突拍子もない細川の発言に、天使と精霊は顔を見合せた。




