第四話-7
大精霊という最高位の精霊であるにもかかわらず、なぜ威厳を感じることができないのか。それはただ、大精霊の姿のみに由来する。
その大精霊は、動物の姿をしていた。他の精霊たちが実体を持たない光の点であるのに対し、大精霊は動物の姿で実体を持つ。これは大精霊すべてに共通する事項である。しかし、ライについてはその姿に問題があった。
狸である。
茶色い体毛に覆われた小柄な身体が、空中に浮かんでいるのだ。どうもこの姿から、威厳を感じ取るのは極端に難しい。これで実は意外と動物好きな細川である。両手をその毛並みに埋めたい、という本能的な欲求が先立つ。格や威厳は二の次だ。
「何者か、という問いだったな」
細川は、渦巻く煩悩を全力で振り切って話を戻した。
「俺は魔力使用者だ。傍付きの大天使とともに、堕天使を打倒するための戦力を期待し、ここを訪れた」
話を進めつつも、細川は警戒を緩めない。この地域はライたち精霊の領域だ。万が一下手を打ったり、機嫌を損ねるようなことがあれば、今度こそ大精霊を加えた全戦力で、細川たちに攻撃が降り注ぐだろう。そうなれば無事に済むと楽観視してはいられない。被害を最小限に抑えるためには、最大限の警戒をもってあたるべきだろう。
だがここに来て、細川はやりづらさを感じてもいた。いかんせんライは狸の姿をしているのだ。これが人間であれば、微細な表情の変化から相手の攻撃意思を読み取ることもできるかもしれないが、威厳も威圧感もなく、なおかつ狸の顔とあっては、さすがにそれも難しい。
「君たちは魔力使用者でありながら、ボクたち精霊の力も欲していると?」
「魔力使用者だから、と言った方が正しいかもしれないな」
細川は、ほんの一瞬だけ隣に立つラザムに視線を投げた。
「魔力使用者は、大天使がそばにいなければ魔力を使うことができないという制約を課せられている。だが精霊術師が使用するのは魔力ではなくマナだ。これならば、魔力使用者の契約の抜け道になる。大天使が不在の状況下でも、魔法の使用に支障はない」
「やっぱり、気付いていたんですね」
ラザムが言ったのは、契約の抜け道に関してのことだ。ラザム自身はかなり前から気付いていたことではあったが、彼女は大天使であり、細川を契約で縛り付けている側の存在だ。それ故あまり自分から、抜け道の存在を細川に伝えることはできない。
彼女が精霊との契約を勧めたのには、そういった事情もあった。細川はラザムが自分の手の届かない場所で知らな間に襲われることを警戒していたが、同じことはラザムも考えていたのである。自衛のために魔術を使用する許可があればラザムは急場は逃れることができるが、細川の場合はそうはいかない。故に、何らかの方法で、細川にも自衛手段を持っていてほしかったのだ。
そういった諸々の事情を含めると、やはり最適解は、細川を精霊術師にすることだった。精霊術師の場合、契約する精霊の数によってはラザム一人がついているより確実に、細川の自衛を強固なものにできるだろう。彼が詠唱について疑問を持ったことで、ラザムは自然な流れでここまで誘導することができたのだ。そういう意味では、『不運の騎士』やその他のファンタジー作品に救われたとも表現できる。
「話を簡単にしますと、大精霊ライ、私たちはあなたたちの力を求めています。私たちと一緒に来てくれませんか」
その一言が、決め手だった。




