第四話-3
赤い森、というのが、転移先の細川の第一印象であった。
半ば荒れたような地面の上に、血を吸ったかのような赤い木々が立ち並ぶ。ここはそういった場所だった。
「細川さんは初めてですよね。ここが第二世界空間です」
第二世界空間。細川たちが普段生活している第一世界空間から見れば、いわゆる異世界ということになる。そんな場所にまさか魔法陣一つで出ることができるというのは驚愕に値するような話だが、さらに驚くのは、この怪しい世界にも、人類が存在するという事実だろう。魔法陣の法則を発見したのは、第二世界空間の魔術師なのだ。
「第二世界空間にも人類が存在し、更には主権国家も存在します。地形や文明は違いますが、あまり地球と大きな差はありません」
「そいつはまた、都合のいい話だな」
なおもラザムに言わせると、第一世界空間と第二世界空間の両方の存在を知る者の間には、これらの世界は同一の神によって創られたのではないか、とする説も流れているらしい。動物の基本的な構造やその種類、人間の存在、そして社会構造など、偶然とは思えないような一致があまりにも多いのだという。
「そこで出てくるのが、同一の神とやらか。ふん」
神の存在が信じられているところまで同じなのか、と言って、細川はやや面白くなさそうに鼻を鳴らした。神の存在自体は信じていても、神は一切信じない主義の彼である。
「もちろん第二世界空間では魔法の存在が一般化されていることもあって、社会にはそれを前提としたささやかな違いはありますよ。例えばここは、精霊自由都市共和国群という国家です」
「名前からして精霊が一般に認知されているな」
「現在いるのは、精霊自由都市共和国群北部のメルトナ州、その南東部に位置するアルレーヌ大森林です。ここから少し歩くと、ホルーン水源湖が見えてくるはずです」
「そのホルーン水源湖に用があるのか?」
「はい、そこに精霊集落があるので」
精霊集落は、精霊たちがまとまって生息する地域を指す。ラザムに言わせると、精霊集落は多くの場合、人の手が入らない山林や川、湖などに多く形成され、その規模にはかなりのばらつきがあるのだという。これから向かう精霊集落は、比較的小規模な部類であるらしい。棲んでいる精霊の数は、一〇〇にも満たないのだ。多いところでは、一〇〇〇を超えることもある。
また、アルレーヌ大森林はメルトナ州で最大規模の森林で、地域によって様々な植生を見ることができるという。細川が出たのは赤い木々の並ぶ土地だが、アルレーヌの全てがそういうわけではない。総面積を国際単位系で表すと、大雑把に一五〇万平方キロメートルにもなり、これは地球でいえばモンゴル国の領土とほぼ等しい面積になる。
しかし、ホルーンに着いたとて不安要素が一つある。否、本当は他にいくらでもあるのだが、差し当たって契約を交わす際に避けて通れない問題があるのだ。それが、
「第二世界空間の言語とやら、俺は話せないどころか聞いたこともないんだが」
言語の壁である。実際に交渉を行う上で、これ以上の前提はない。話をするには、そもそも言葉が通じなければどうしようもないのだ。挨拶するだけでも巨大な壁になるというのに、交渉など論外である。
なのだが、意外にもラザムは、問題はないという。
「私たち天使が、細川さんや他の第一世界空間の人々、第二世界空間の人々とも会話できるのと同じ理由です。すぐにわかりますよ」
すぐにわかる、というのは、現地に着けば、の話だ。
そこに着くまでが問題だった。




