第四話-2
「私がさっき言ったのは、魔術魔法においては詠唱は不要だということです」
ラザム曰く、詠唱は完全に使われないものというわけではないらしい。そういえば、と細川は思い直す。わざわざ魔術魔法と呼んでいるのだ、魔力使用者になったばかりの頃、ラザムが他の魔法についても少し話していたことを思い出してきた。
「確か、精霊術魔法と呪術魔法があったな。このどちらかが詠唱を必要とするのか?」
「流石ですね、細川さん。ご慧眼です」
まあ、魔術魔法で使わないのならば残り二つの魔法が選択肢になるのは自然な流れだろう。
「詠唱を使用するのは、精霊術魔法の方ですね。精霊術魔法は精霊と契約した精霊術師が、精霊たちに魔法の使用を委ねるものです。その際、精霊術師は契約精霊たちに、適宜使用する魔法について指示を出します。それが、精霊術魔法の詠唱です」
「つまり、魔術魔法で魔法陣を描く代わりに、精霊術魔法では詠唱を行う、ということか?」
「概ねその解釈で問題ないと思います。ただ一点付け加えるのであれば、精霊術魔法の場合、予め精霊たちが完成された一連の流れとして認識している魔法を使用する際は、細かい指示を含む詠唱を省略できる、という点でしょうか」
「なるほど、洗濯機の使い方をわざわざ説明せずとも、洗濯しておいてくれ、と言えば通じるようなものか」
つまり自分では何もしなくていい、ということである。魔術魔法と精霊術魔法、どちらも使うことができれば、同時に何種類もの魔法を併用できるのだ。その分、特に戦闘においては隙を減らすことにも役立つだろう。堕天使ルシャルカを始末したい細川にとっては、非常に魅力的な情報だ。
「だが、確か精霊術魔法で使うエネルギーは魔力とは別だったな。何といったか」
「マナですね。どちらも魔法力には違いありませんし、性質そのものも魔力によく似てはいるんですが、異なる特徴もあります」
「例えば?」
「使用できるようになる条件、などです」
ラザム曰く、魔力は他者からの体内への干渉によって生産できるようになるが、マナは精霊と契約することで生産できるようになるのだという。また魔力とマナはそれぞれ相互に変換することもできるが、その生産や変換の速度は個人差がある。
「会ってみたいものだな、精霊というやつに」
まあ精霊が棲むのは異世界なのだ、日本語しか話せない細川では現地に行ったところで会話ができるわけがないし、精霊がどんな存在なのかも分からない。これでは契約など夢のまた夢だろう。非常に残念なことだが、諦めるしかないようだ。ルシャルカを倒すために、戦力になりそうなものは少しでも多く欲しいところだが、こればっかりはどうしようもない。
「細川さん、もしかして、精霊と契約するのを諦めていますか?」
だからこそ、ラザムのその発言が、細川にはすぐには理解できなかった。それは諦めるだろう、と言いかけて、ふと思い止まる。ラザムがこれまで、不可能事を口にすることが──あったかもしれないが魔法に関しては──あっただろうか。
「もしかして、可能なのか?」
「はい、可能性は充分にありますよ」
そして、二人は足元に現れた魔法陣の光に飲み込まれた。──もう少し説明が欲しいところではあった。




