第三話-8
大磯の海水浴場に出かけた翌日、魔法店にて。
「すみませんでした。本当に、ご迷惑をお掛けしました」
ラザムはひたすら平謝りしていた。
海水浴場で堕天使ルシャルカを追い払った後、結局その日のうちはラザムの意識は戻らなかった。意識が回復したのは、日付が変わり、夜が明けたつい先刻で、付き添っていた細川も、魔法店で居眠りをして夜を過ごしてしまっていた。それから未明に細川が目を覚まし、日が出る頃に次いでラザムが目を覚ましたのだ。
天使には心臓がなく、したがって脈が元からない。つまりは生きているのか死んでいるのか分からずに寝かせていたわけだが、この状況はなかなか心配になるものだ。無事に目を覚まして安心した。
「君が無事でよかったよ、本当に」
そう言って、細川は普段通り少女の姿になったラザムの身体を、優しく抱きしめた。普段の彼なら、まずしない行動だ。魔力使用者になった当初であれば、想像もできなかったような行動である。
ひと段落すると、海水浴場で遭遇したのが一体何だったのか、という点に話が移った。
「君が無抵抗に攫われたとは思っていない。あれは一体何だったのか、心当たりはないか?」
「堕天使。元々は私たちと同じ、天使だった存在です。ルシャルカはその中でも、大天使──私が大天使に選ばれたのは、彼女が堕天したからです」
「つまり、ルシャルカが堕天して空いた席を、君が埋めたということか」
「彼女がなぜ私を狙ったのか、それは分かりません。それに、フローツェルを襲った理由も」
「奴は確か、アメリカで前の魔力使用者と大天使フローツェルを襲ったんだったな。魔力使用者は死に、フローツェルは再起不能になった」
「フローツェルから話が聴けなかったために、昨日までその犯人は分かっていませんでした。私たちは、ルシャルカは第二世界空間にいるものと考えていましたから」
「それが今は第一世界空間にいて、しかも二度にわたり大天使を襲った……奴には何か、目的があるのか?」
しばらく考えても結論は出なかった。本人に直接問いただすことができれば早いのだが、仮にも今まで尻尾を掴まれていなかった相手である。そう簡単に居場所を発見できるわけではない。それに細川も、最後にルシャルカが使った転移魔術の魔法陣を覚えていなかった。せめてそれさえ記憶していれば転移先を特定できたのだが、そんな余裕はなかったのだ。
「とにかくこの件に関しては、魔王様に報告した方がいいかもしれませんね。実はフローツェルを再起不能にした犯人の捜索と、ルシャルカの討伐のために、それぞれ天使が複数人派遣されているんです。その動きにも影響が出ます。目的は分からないまでも、追っているのが同一犯だと分かったのは大きな収穫です。第一世界空間と第二世界空間に分かれていた天使たちを、第一世界空間に集めることができますから、人数的にも捜索が有利になるはずです」
危険は伴ったが、有意義な情報を得ることができた、とラザムは考えたようだ。それはいいのだが、今回心臓に悪い経験をした細川としては、一つ言っておかねばならないことがある。
「ラザム、今後自分の身に危険が迫ったり、そうでなくとも必要だと思うことがあれば、俺にわざわざ確認せずに魔術を使ってくれ。今回ルシャルカに捕まったのは、その制約があったからだろう?」
あるいはフローツェルも、同じようにして反撃手段を封じられたのかもしれない。それではいけないだろう、と細川は思う。
「いいか、いちいち躊躇うんじゃないぞ。極端な話、仮に再度ルシャルカが目の前に現れるようなことでもあれば、そのときは即死攻撃を放っても構わん」
きょとんとしているラザムに、細川の方は至って真剣だ。
「君がいなくなるのは、困る」
そう言われては、ラザムは従うのみである。
未改稿版では書き忘れたシーン。ただ書き忘れたシーン。今回は忘れなかった。




