第二話-6
「まず、お名前をお伺いしても?」
「……新島と、そう名乗ったはずだけど」
「でも、本名ではありませんよね」
「だから何だっていうの? 名前なんて、記号と同じ。他と区別できればいいのよ。だいたい、私とあなたはもう会うこともないわね。ラザム……ちゃん」
「細川さんみたいなこと言いますね。気が向かない時なら、あの人も同じようなことを言いそうです。受け売りですか?」
何があったのか、細川が機嫌を損ねて帰ってくることは時々ある。そんな時ラザムが話しかけると、このような論法で丸め込まれてしまうのだ。
「どう思うかは任せるけど、私のやり方の一つね」
「それで、最初の話題ですけど……」
「焦らない。先を急ぐと大事なものを見逃すわ──私みたいにね」
「…………」
やや声を低くして、新島は言った。
「で、私がここに来た本当の理由ね? あなたが偽装に気づいたとも思えない。アイツの入れ知恵かしら」
「その『アイツ』というのが細川さんのことなら、それは否定しません。ですが、勉強が本来の目的ではない、と言われてしまうと、その目的が那辺にあるのか、私も知りたく思います。重ね重ね初めの質問に戻らせていただきますが、本当にここへは何をしに?」
「……そう、あなたもアイツに随分惚れ込んでいるようね」
「……え?」
「あら、図星かと思ったのだけど。惚れ込んであっさり感化されたんじゃないの? ……ああ、確かにあなた、実は恋愛に疎いですみたいな顔してるわね。私によく似てるわ」
「確かに、天使は恋愛に疎いですし、そもそもそのような感情を抱くことはありません。──新島さんの話からすると、なにか恋愛関係のご相談をなされに?」
「ああ、やっぱり勘違いするのね。私が来た理由は、恋愛そのものだったのに」
「というと?」
「天使は恋愛に疎い」ことをそのまま示してしまい、新島が苦笑する。
「私は勉強のために来たといったわね。あれは単なる口実よ」
「……?」
「会いたかっただけ。ここからいなくなる前にね」
自殺でもする気か、と思い、ラザムは慌てそうになるが、新島はそれを見て笑った。
「引っ越すのよ。明後日、遠くにね」
「え?」
「親の都合でね。私の意志は介入の余地なし。だから、手伝いもせずにささやかな抵抗を……したのよ。抜け出してくる方法は考えたものだわ。こうでもしないと、出られなかったし」
「でも、依頼までそれに合わせる必要はなかったんじゃありませんか? 何とか引っ越しを止める方法を相談すれば……」
「できないだろうよ、そいつにはな」
「え……?」
突然現れた声に、ラザムが顔を上げた。
「細川さん?」
「親がなんかで苦労してるから、手を煩わせるわけにはいかない、長女の自分がしっかりしないといけない、あんたは前からそうだった。で、何も言い出さないうちにことが決まり、今頃になって適当な口実を作る羽目になった──違うか?」
「……違くない」
「だと思った。相変わらず面倒な性格をしてやがる」
自分のことは棚に上げ、そんなことを細川は言った。面倒な性格をしているのは──方向は違ったが──細川も同じである。
「理由は、やっぱり聞かないでおこう。決壊し爆発して、手に負えなくなる可能性がある。もっとも、聞いた方がいいなら話は別だが?」
「大丈夫。私はもう平気……ありがとね」
「……ああ」
奇妙な居心地の悪さを覚えながら、細川は新島を見送った。
「ところで、いつからそこにいたんですか?っていうより、どこから聞いてたんです?」
同じく無言で依頼人を見送ってから、二人だけになった魔法店の中でラザムは当然の疑問を口にした。
「抜け出してくる方法をなんとか、ってところは聞こえたが。思ったよりも話が進んでいなくて驚いた。何があったんだ?」
「想像にお任せします」
あまり話すことでもないだろう、と判断して、ラザムはそう言葉を濁した。
コピペ要素多めだったから短くなってしまった。




