第四話-10
「日本語はどこで勉強されたんです?」
「お前さんの直接の雇用主さ。任務に連れ出されることになったとき、あいつに叩き込まれたんだ。そんときゃ異世界の存在なんぞ知りもしなかったがね」
「そういえばラザムたち天使が住むのもこっちの世界じゃないはずだ。どうして、天使の話が有名になるんです?」
「ああ、それは……」
「天使は第二世界空間で、魔法を勉強できるんです」
『冷鳴』より早く、ラザムが答えた。派手な服装の事務員が、どことなくつまらなそうに見えたのは気のせいだろうか。
「私はよく知らない理由なんですけど、天使は共和国や帝国の大学で、魔法や魔術を学ぶことができるんです。なんか、両国の法制度で保証されているらしくて。私は、魔法陣で遊んでるうちに大天使にされちゃったので、こっちに来て勉強したことはないんですが……」
魔法陣で結界を再現した彼女ならそんなものか。
いつの間にかライが細川の肩で寝ているが、いつからこうなっていたのだろう。落ちないだろうか。
『冷鳴』がおもむろに机の名簿を引っ張ってきた。そのページをめくりながら言う。
「確かこの大学にも、そんな天使がいたはずだ──あった。リリィ・ローズバーグ。天使名は、リリーナ」
「え、リリーナが?」
「なんだ、知り合いか?」
とは、カウンターに身を乗り出したラザムに驚く細川の言である。誰一人として意識しないが、細川の喋り方は『冷鳴』と共通する部分が多い。
「私が姉のように思っている天使です。彼女も、私を妹のように見てくれて」
「なるほど、意外な家族が発見されたな。……しかしリリィ、リリィ・ローズバーグねぇ」
「どうした?」
「いえね、天使ってのは、意外と冗談好きかと思いましてね」
『冷鳴』は共和国語をはじめ、第二世界空間の言語はある程度知っているのだろう。だが、さすがに英語までは履修していないらしい。
「リリィは百合、ローズバーグは薔薇の城。百合か薔薇か、どっちか選んだらどうなんだ?」
ちなみに、リリーナが大天使として任命され、魔力使用者付きとなって再び共和国を訪れるのは、また別の話である。
魔法都市というだけあって、ギルキリアの各所には魔道具と思われる装置が度々見られた。何より細川が驚いたのは、水道というものが存在しないことだ。蛇口を捻って出る水は、すべて魔石と刻印魔法陣によるもの。回転するネジが魔力発生量を調整し、マナに変えて魔石に流すことで、ただ置くだけの水道を完成させている。排水は下水に流すのではなく、ただ消滅させる。
魔石と栓の角度や締め具合等、定期的な点検は必要だが、「水道が詰まって水が出ない」だの、「排水が詰まって逆流した」だの、「大雨で溢れて道路が冠水した」だのといった、水周りのトラブルや災害を、未然に防ぐ結果となっている。その日常的な技術力の高さに、細川は感銘を受けたのだ。
他にも、街灯は全て魔法灯で、電線がなく景観がいい、警察官が魔道具を装備している、など、魔法都市らしい装備が多く見られた。これらのことが示すように、市民生活には魔法が大きく関わっているようで、商店街にはちらほらと、魔道具を扱う店もあった。
その後もギルキリアを散策して帰宅。帰ってから、「どうして堕天使討伐に関する話をもっと詳しくしてくれなかったんですか?」と言ってラザムが細川に詰め寄る場面があったが、概ね平和に済んだと言っていいだろう。
嵐の前の静けさ、というものである。
どうでもいいんですが、今回で改稿版気まぐれ魔法店の投稿が一〇〇回目になります。やったね。本編全体の投稿回数でいえば、この辺りが折り返しになると思います。一二月の初めごろに終わる想定。




