第二話-3
依頼があった翌日、細川は高校の教室で物理基礎の問題集を解いていた。期末試験も終わったのに、である。そこへ、担任の西本という物理教師が現れた。暇なのか、細川の手元にある問題集を覗き込んで一言、
「ほう、珍しいな。前回の点数が、よほどこたえたものと見える」
皮肉を言われてしまった。訂正の余地がなくはないが、口にするだけ無駄だろう。もういっそこの人が代わりにやってくれないかな、と思わないでもないが、さすがに自分の仕事を押し付けるわけにもいかない。
「ええ、まあ、その、なんですか、はい……」
次第に声が小さくなっていく生徒を、教師は不審そうに眺めた。一方細川には、相手と会話を継続させる意思はない。西本も、教室から出ていった。
放課後になって帰宅し、自室で問題集の続きを解き直していた細川のもとに、ラザムが顔を出す。天使の大きさで、細川の肩に乗るような仕草で。
「順調ですか、細川さん」
「順調なわけあるか、だったら期末試験ももう少しましだったはずだ」
なにしろ答案返却の際、「点数に出てるぞ」と言ってきた西本の表情を、細川は忘れていない。まあだから鼻を明かしてやるために物理を極めよう、などという心がけに目覚める彼ではない。そもそも彼は、自分のためとなると本当に身を入れて勉強することがないのだ。努力するときは好きでやっていてそれを努力と認識していないか、あるいは誰か他の者のために必要な時である。つまり今なのだ、それでいて結果が乏しいのは、もう失望するしかないだろう。
それはそれとして、というか相乗効果的に、やはり疲労は感じるものだ。
「ところで、大天使は疲れたらどうするんだ? 眠っている姿を、あまり見たことがないんだが」
「一週間に一度、一二時間の睡眠を取るだけですからね」
「それで問題ないものなのか?」
「私たち天使はそういう風に作られていますから。それに、これは第一世界空間と第二世界空間、それから仮想空間での話ですよ。魔王様のいる向こうの空間では、睡眠は必要ありませんから」
「それで日曜日だけいつも寝坊してるのか」
とはいえ、その寝坊も大した時間ではない。細川は休日、日付が変わる頃に寝て、昼近くになってようやく起きるのが常である。早くても朝一〇時だ。大体は二度寝のせいなので、本来ならばもう少し早く起きることもできるはずなのだが。
対するラザムは、土曜日の夜九時に眠り、翌朝九時に目を覚ます。日曜日は、細川が起き出す時間の方が明らかに遅い。誰がどう見ても、寝坊が何だとは彼の言えたことではなかった。
「まあいいさ、物理の方は最悪の場合、カンニングでどうにかするかな」
やる気を失い始めた細川がそう言ってペンを転がすと、ラザムは少し考えこんで、こう言った。
「実験でもしましょうか」




