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81. 




随分、人が多い。

フードを深く被り直し、ファスは雨上がりの石畳を進む。無事、町に着いたはいいが、冒険者であろう人達が多く行き交っているのだ。武器屋に防具屋、酒場等々は確かめずとも分かる程、繁盛している。

残念ながら薬師ギルドは無く、教えてもらった商人ギルドに持って行った所。丁度薬の在庫が減っていたらしく、疑われる事なく全部買い取って頂けた。包帯がポポワタゲだと騒がれなかったので、きちんと査定されているかは首を傾げる所だが。しかし、それはファスにとっては些末な事。目的の一つを無事に終え、一安心だ。後は、野菜や果物を手に入れられたら完了である。


 「おい、ダンジョンの方はどうなってんだ?」


 「今は落ち着いてるってよ。昨日、冒険者共が大勢来たろ。間引きには成功したらしいぜ」


 「しばらくは出入り禁止だって聞いたよ。大丈夫かねぇ、魔物が湧き出てきたら…」


 「なぁ、なぁなぁ!討伐隊の中に、Sランクパーティが居るってマジ?」


 「ホントらしいよ!しかもあの有名なっ……!」


きゃあぁぁー!……と、黄色い声にかき消されて後半は聞こえなかったが、周囲の会話で事情を知ったファスは、眉を顰めた。この近くにダンジョンがあるのは、承知している。この地に留まる時は、必ずパクたちと確認に行っていた。今回もそうだ。

危険は起きてないか、異変の前兆は無いか。中までは入らないが、パクたちは全員で警戒し、耳や鼻をフルに使い、毎回調査を欠かさなかった。そうして分かったのは。

ダンジョン、変わるにゃ。

パクたちは口を揃えて、断言した。魔素が不安定なのは、深く、広く生まれ変わろうとしている前兆。中の魔物も一度戻されるが、それから逃げるのも居るから何体か外に出てしまう。完全な変化が起きる時に中に居たら、一緒に取り込まれるから近付いちゃダメ。


 「……」


そう言っていた。本格的な胎動が始まるのは、一週間前後だとも。

冒険者達が動いているのなら、調査の為中に入る筈だ。ファスは青褪めた。

いくら屈強な彼らでも、相手がダンジョン全体なら到底敵わない。得意気に武器を掲げるあの人も、真剣に魔導書を読むあの人も、新調した防具を見せ合って笑う人達も……、全て。


 「っ、」


ファスは、冒険者ギルドに向かって走り出す。話しても、何を馬鹿な事を、と一蹴されるかもしれない。

けれどパクたちは嘘など言わないし、人間には分からないものも感知できる。魔物側だからこそ、当たり前に知っている事だってある。

人は恐い。今だって、恐怖で動けなくなったり、声が出なくなったりする。

だからといって、関係無いと切り捨てる事は、ファスにはできなかった。

必死に駆け、冒険者ギルドの看板を見つけ飛び込む。


 「おわっ?!」


 「…っっ、ご、ごめんなさいっ……!」


 「あぶねーなぁ、調査行く前に怪我ってシャレにならねーわ。気ぃつけろよ」


ちょうど出てきた集団とぶつかりそうになり、ファスは慌てて頭を下げる。しかし、調査と聞いて思わず外套を掴んだ。


 「あ、あのっ、調査ってダンジョンの、」


 「そーだよ。何お前、行きたいとか言うなよ?異常の理由が分かるまでは、誰であろうと立入禁止だ」


 「その、今どうなってるか知りたいんです、教えてくれませんかっ」


 「は?…んー、あそこの兄弟に訊いてみろよ。俺らは急ぐから」


男は訝しげな顔つきで、今回の討伐隊リーダーを教える。しかしファスも必死だ。止める為、外套を握る手に力を入れた。


 「い、行かないでください、危ないんです、だから、」


 「危ねぇのは分かってるっての。離せよこの野郎、俺らは遊びに来たんじゃねーって。何なのお前?」


 「そうじゃなくて、あのっ……!」


騒ぎに気付いた冒険者共が集まり、面白がるように遣り取りを眺め始めた。奥の酒場で、今後の計画を立てていた兄弟も振り向く。

昨日着いたばっかだってのにもう痴話喧嘩かー?やるねぇあいつ相手男じゃね?あぁそういう……云々。

良からぬ噂が立ちそうな気配を察知した男は、青筋を立て力ずくでファスを引き剝が……す前に、何者かにアイアンクローを決められた。めぎぃぃ…と、聞こえてはいけない音が、自分の頭からする。


 「おおぉぉぼおおおっっっ??!」


 「俺のファスに今何しようとしたテメェ潰スゾ」


 「待てカイ、事情が全く分からん。離してやれ」


幸いにも、話し合いの為ギルドに居たSランクパーティ。ファスの気配をいち早く察知したカイは、問答無用で同業をシメた。目が本気だ。

彼等の登場で、より賑やかになっていたので、カイの発言を耳にした者は居ないだろう。

ただただ、タイミング悪く巻き込まれた男は、宿で療養となった。






パクはぴくりと耳を動かし、外を窺う。窓で張っていたはやてに視線を送ると、尻尾の合図が返ってきた。魔物が近くまで来ている。

全員警戒態勢になり、息を潜める。目眩ましの魔法は掛けているし、シドからもらった防犯魔道具も用意している。しらゆきとオネムは音を立てずに動き、魔素量を確認。ダイチは出入り口を土魔法で固め、ソラも植物に頼み、巣を木々で覆い隠してもらう。

万が一の時は、転移で逃げられるよう魔力を温存しておかなくては。ファスが戻るまでは、全員待つつもりだ。もしもの時は、パクたちだけで逃げて、と言われているが、置いていくなんてできる訳がない。

ソラの尻尾が、つんつんと動く。ゆっくりだが来ているらしい。

此処は、王都の結界に比べたら弱い。それでも、そこまで強い魔物は出た事が無い。


 「……に、」


ギャ、ギャギャ、魔物の声がする。

魔猫は弱小種族。争い事は嫌うと謂われているが、いざとなれば、戦う。

気配を探りながら、パクたちの毛はゆっくり逆立っていった。







 「まさかこんなトコで会うとはなぁ、久しぶりー」


 「は、はい…。お久しぶりです、エルドさん、オーベルさん」


ギルドではゆっくり話せない。カイ達はとりあえずファスを落ち着かせ、宿へ移動。そこにちゃっかり付いてきたは、探索兄弟である。これではパクたちの話題ができない、とうららは睨む。


 「エルド、カイがシメた奴の代わりは?」


 「おう、抜かりなし。ちょいと多めにしてたからな、問題ねーよ」


今日はダンジョンには入らず、周辺を調べるだけに留めておくよう指示したという。外へ逃げた魔物が居るかもしれないからだ。


 「まぁ、高レベルのは大体お前らが狩ってくれたから、居たとしてもそう大したのは出んだろ」


 「あの、ダンジョンには、入らない方がいいです」


 「ん?なんか知ってる感じ?」


 「変わる前兆だと、聞いたんです」


いつも通りに見えるが、エルドの目は油断無くファスを捉えている。どう見ても一般人で、かと言って研究職でもない。戦い慣れてるようにも見えない姿は、疑いを抱くには充分だった。

トオヤは、厄介な奴に目をつけられたと、内心で溜息。カイも危惧してはいるが、ファスがこうして必死になるのは滅多にない。静かに先を促す。


 「ダンジョンが不安定なのは、変化するからです。深く、広く生まれ変わろうとしている。だから、中には入らないでください。完全に変わる時が来たら、一緒に飲み込まれてしまいます」


 「大量発生の前触れじゃねーの?」


 「似てはいるそうですが、違うと。魔物は逃げているだけなんです、ダンジョンから」


 「えーと?ダンジョンの魔物はダンジョンで生まれたから、ダンジョンが生まれ変わるならダンジョンの魔物も生まれ直しで、それが嫌だからダンジョンから逃げてんのか?」


頷いたファスに、オーベルはガッツポーズ。珍しく早く理解した。明日は槍が降るかもしれない、とはエルドだ。あと、ダンジョン言い過ぎ。


 「まだ分かんねぇんだけど、何が違うん?俺ら昨日入ったけど、魔素が安定してないってぐらいしか分らんかったよ?」


ファスは一度下を向き、そしてエルドを見た。


 「俺の感覚ですけど、まずは風です。風が、奥へ吸い込まれるように流れてました。そして、僅かですが地震い」


 「じぶるい?」


 「地震だ」


 「少しずつですが、それが移動しているんです。あと、音。小さく、ダンジョン全体に響いていました。奥へ行ったら、もっとはっきり聞こえるんじゃないかと思います」


首を傾げるうららに、トオヤは補足を入れ記憶を探る。カイはそういや、とエルドを指した。


 「お前も気にしてたろ、風がおかしいって。音は確かにしてたな、水が流れるような音だ」


 「……あー、どこ行っても、風が一定方向だったんだわ。てか、風ある事自体がおかしい。音は、」


 「壁の向こうから、どわーって聞こえてたぞ」


 「そういうのは気付いた時に言えって、兄ちゃん言ってんだろ、弟よ」


エルドは、真剣にメモを確認しながら頷く。


 「総じて魔素の不安定現象だと思ってた」


 「お前のせいか」


珍しく、カイではなくトオヤがエルドの胸倉を掴んだ。

まだ何も起きてないセーフよセーフ起きてから動くつもりかさっさと指示してこい待って待って知恵足りん頭貸してトオヤうるさいお前らがリーダーだろうが云々。

……取り敢えず、向こうはトオヤに任せ、カイはポカンとするファスを撫でた。


 「黙ってりゃいいのに」


 「分かってるのに、知らないふりするのは、無理です」


 「ファスさん、ホント聖ぼ、じゃなくていい人だね。でも御蔭で助かったよ。調査、早く終わりそうだもん」


 「……カイ達が、巻き込まれなくてよかった。こうして会えたのも、嬉しいです」


ファスは安堵したか、ようやく笑ってくれた。カイは思わぬ再会に、口元を緩める。


 「ねぇねぇ、さっき言ってたのもしかして、パクちゃんたちが?」


 「はい。此処にも薬草があるので、偶に来るんです。その時は毎回、調べてました。だから今までとは違うってすぐに分かりまして。……あの、少し、心配なので戻ってもいいですか?」


 「えっ?!じゃあ私送るよ!任せて!」


 「俺が送る、それが確実。トオヤと留守頼むわ」


 「カイが動いたら目立つじゃん。たくさん付いてくるよ!私なら平気、だから送らせてファスさん!」


癒し不足なのだ。カイとうららの間に火花が散る。

その戦いに挑む猛者が一人、挙手をした。


 「俺が行く!!」


お前はすっこんでろ!!!

オーベルは総ツッコミを受けた。




……余談だが、巻き込まれた男は、ファスからのお詫びの薬で完治したそうな。






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