80. 時々、合流
「にゃあ!」
「今日もいっぱい採れたね、みんなお疲れ様」
今日も今日とて、ファスとパクたちは薬草、山菜採りに精を出す。朝から頑張った成果は、目の前のカゴでよく分かった。パクたちは満足気に胸を張る。
「少し、急ごうか。あ、ありがとうダイチ」
「ぶにゃ」
先程までは青空も見えていたが、今はどんよりしていて降ってきそうだ。手分けしてカゴを持つと、全員急ぎ足で巣へ向かう。ぽつ、と雨粒が落ちてくる頃には、なんとか帰り着きホッと一安心。大事な薬草たちも濡れずに済んだ。
雨脚はどんどん強くなっていく。パクたちの予報では、明日の昼まで降り続くという。ちょっとだけ、肌寒くもなるそうだ。
ファスは薪と食料の確認中。パクたちは採った薬草の下処理だ。
「にゃんにゃ」
「なぁう」
しらゆきとはやてで、一つ一つ確認しながら分けると、大きなザルに重ならないよう置いていく。
「ぶにゃあ、にゃ」
「にゃむー」
汚れがついたものがあれば、オネムの魔法でキレイに洗い、ダイチが優しく水気を取る。
「にゃあ、にゃあにゃ」
「んに、んにゃ」
パクとソラは山菜を取り分け、これの処理はファスと一緒にするので置いておく。
にゃあにゃあと手際良く続け、今日のカゴは空に。できた!と喉をゴロゴロさせていると、ふんわりいい匂いが漂ってきた。お昼ごはんを運んできたファスが、にこりと笑う。
「みんな、ありがとう。ごはんにしよう」
尻尾をぴんと立て、急いで手を洗いテーブルに着く。焼きたてのパンの上には、昨日の残りの卵サラダを乗っけて、とろりとしたチーズがかけられている。そして、温かい野菜スープといつもの薬草茶。
「にゃあぁぁぁ……!」
「卵はこれだけ。パンのおかわりはあるから、言ってね」
全員頷き、目を輝かせていただきます。ファスのごはんは今日もおいしい。
おいしいものは元気が出る。午後も頑張ろう!と、言い合っていたパクたちだが……。
「………。ふふ、おやすみ」
満腹満足で爆睡するパクたちに、そっと毛布を掛け、ファスは優しく微笑んでいた。
Sランクの機嫌が悪い。
今も仏頂面で、幌馬車から外を眺めている。うららも、そこまでではないが元気が無い。トオヤはいつも通りだ。
遠征が延びに延び、癒し達に会えぬまま数ヶ月。しかも、王都に帰り着く頃は、向こうも薬草群生地に行っているという。会えぬは同じだ。
「……何の為に王都に行って、何の為に生きればいいんだろうな……」
「トオヤー。お前んトコのリーダー、なんか哲学的な事言ってるー」
「放っておいてくれ。人は、深く考察したい時もあるんだ」
「疲れてんの?疲れてんだな??」
「兄貴、町見えた!!」
「元気なお知らせありがとよ弟よ!雨の中の野宿はきっついからなー、部屋あんのかね」
探索兄弟だけではない。同じ馬車が二台程続き、周りには馬に乗っている者らも居る。全員同業者だ。
今回、異常が感知されたとあるダンジョンにて、大規模な間引きが行われた。
数か月前から、ダンジョン内の魔素が増えたり減ったりと安定しない。本来は出ない筈の階層で、高レベルの魔物が出る。と、明らかにおかしい。
大量発生の前触れではないかと懸念したギルマスが、各ギルドに人員要請。そうして募った猛者達が一暴れ。まだ安心はできないが、一先ず落ち着いたので戻ってきた次第である。カイ達は、Sランク故の強制参加だ。
それ自体に文句は言わない。高ランクになれば、それ相応の責任が伴う。ただ、
「タイミング悪いよ………もふもふもふぅぅぅー…」
うららの一言に尽きる。依頼を終わらせ、やっと帰れるぞ、となった所での強制参加。カイ達は全滅させる勢いで狩った。八つ当たりである。
がたん、と馬車が止まる。町に入ったようだ。荷物を手に、全員で冒険者ギルドへ移動。雨脚は強くなる一方だ。冷たい寒いとやんやと言いながら、ギルド内はあっという間に人で溢れ返る。
タオルを配り回っている受付嬢に礼を言い、トオヤは二人にも手渡す。
「今回のリーダーはあの兄弟だから、報告は任せるとして。宿を取らないとな」
「私、お風呂でさっぱりしたい」
ギルド提供の宿もあるが、基本素泊まりなのだ。値段が手頃な分、壁も薄い。
此処に集まっているのは、Cランクから上の同業達。宿を借りる余裕はあるだろう。そうなると、早く動かねば全て満室になる可能性が。
「あ、あの、よければ私達が取って来ようか?」
振り向けば、数人の女達が。全員、頬を染めカイとトオヤを見ている。
一緒の宿に泊まってあわよくば親睦を深めようという魂胆ですね。とは、うらら。
今回のような大規模討伐でもない限り、Aランク以下の者は二人に近付く機会は無い。合流した時も騒がしかった。当然ながら、こういう時は自ら蚊帳の外に行くうららである。
「いや、俺らは、」
「お、居た居たぁ!聞いて喜べお前ら。野郎共ー!ギルマスが、宿をまるっと確保してくれてんだってよ!」
互いの財布を見せ合って、素泊まりを覚悟していたいくつかのパーティが素早く注目する。
「メシ出る!風呂は、隣で繋がってるから行けるって言ってたぞ!!」
「あ、但し酒代風呂代は各自な!以上!!」
うおおぉぉぉっ!!兄弟からの知らせに、冒険者達は拳を突き上げる。気の早い者は、宿に向かって走る。兄弟は身軽に階段を下り、カイ達に手を振った。
「やっぱ二週間そこら、様子見になるってよ。その間の宿代、ギルドから出してくれんだってさぁ!太っ腹だよなぁ、飲もうぜ!ん、お姉さん方も一緒に飲む?」
イエ、結構です。女達は冷めた顔で去って行った。この落差よ。
兄弟はしばらく後姿を見送り、カイとトオヤに振り返った。
「酷くね?酒おごれや」
「俺は大盛り食いたい」
「俺らにたかるな」
「めちゃくちゃおごってくれたら、お前達にコレをやろう……。ギルマスからのおく、はえーよSランクゥ。間って知ってる?大事なんよ、間って。話の緩急をつけるには絶妙な間が必要でさぁ」
エルドが得意気に掲げたメモを、カイは秒で奪った。ギルマスの配慮らしく、三人の部屋はもう決まっているとの事。
「三人部屋で充分広いってよ。うららちゃんは、繋がってるけど鍵付き扉あるから安心。因みにその隣は俺らな。なんか、お前の事情承知してるみたいな感じよ?此処のギルマス。なんかあったん?」
「まぁな……」
カイは何も言わず、中身を確認すると歩き出す。エルドはAランクの二人に視線を遣るが、訳知り顔で頷いていた。知っている者は知っている、宿でのエピソードがあるらしい。
「何々、教えろよ。話してくれたらおごらんでいいから」
「カイがソロで動いていた時、宿に女が入り込む事が何度かあったらしい」
「やっぱおごれや」
ただのモテエピソードかよ。と、興味が失せ、無になったエルドだが。オーベルから距離を取る為、トオヤを盾にしていたうららが首を振る。
「態々ね、身内だって嘘ついて入ってくるんだって。で、居る時は追い返してたんだけど、」
当然、依頼で出ている時もある。過去、カイに一目惚れした行動力のある女が、留守中に堂々と入り込み、部屋を整え出迎えた事があったらしい。因みに宿屋の関係者ではない。
カイからしたら、面識の無い人間が勝手に部屋を漁り、あちこち触られた上迫られた恐怖体験でしかない。それからは徹底しているとか。
「私も嫌だよ。怖いよ。最大出力の攻撃魔法放つよ」
「あー、それは俺も嫌だわ。今まで無いけど。その女はどうしたん?」
さぁ、とAランク二人は揃って首を傾げる。危うく犯罪者になる所だったと、真顔で呟いていたらしいので、生きてはいるのだろう。
「ただの怖い話だったな。弟よ、覚えておけ。一番恐しいのは、マジギレした美形だ」
「おう、分かった?」
「え、そっち?」
兄弟の言動には慣れているトオヤは、相手をする事もなくさっさと移動。思わずツッコんだうららだが、盾にはしっかりついていった。
夕飯も終え、明日の準備をするファス。鞄に、薬を丁寧に入れていく。パクたちも手伝い、瓶が割れないように隙間にタオルを詰める。それから買うものを確認し、お金とメモも入れる。
「傷薬に、血止めに毒消し。……ポポワタゲはどうしよう、二つ…三つぐらいなら大丈夫かな」
「にゃー。にゃあにゃ、にぃ」
「そうだね、二つにしようか。あとは麻痺消し、これぐらいかな」
「にゃん、にゃーあ?」
薬棚には、まだいっぱいある。もう持っていかないの?と、しらゆきは首を傾げる。
「うん。此処で売るのは初めてだから、まずはこれだけで行ってみる」
多く持っていくと、初めての場所では必ず疑われてしまうのだ。盗んだものではないかと。
慣れない、初めての場所では緊張してしまうファス。きっとその態度が、不審に思われてしまうのだろう…と本人は考えているが。実際は、安く買い叩こうと目論む者が、幾人か居たりもする。
なので様子見の時は、基本的な薬一式分だけと決めていた。
「んにー?にゃあ」
「なぅ、なー」
「どうだろう…。大きな町だけど、薬師ギルドはあるのかな」
薬草群生地以外にも、薬草が採れる土地はいくつかある。点々と移動していた過去、パクたちが安全と確認した土地には、今もお世話になっている。此処はその中の一つ、来るのは久しぶりだ。
森の近くには、大きな町があった。今以上に人が怖かったファスは、眺めるだけで森から出る事は無いまま。しかし、今回は買い物の為、行ってみる事にしたのだ。
パクたちは心配だが、ファスが頑張ろうとしているのだ、できる手助けはしようと頷き合った。
「ぶにゃ、ぶにゃにゃ」
「にゃむ……にゃーむぅ…」
「そろそろ、寝ようか。ありがとうオネム、手伝ってくれて」
オネムは限界なのか、うつらうつらと舟を漕いでいた。倒れないよう、ダイチが支えている。
みんなでベッドへと潜り込む。外からは雨音。昼間よりは落ち着いてきたようだ。
少し冷えてきたが、パクたちが側に居てくれるので暖かい。
「にゃあ…」
「おやすみ…」
すり、と寄ってくるパクたちを優しく撫で、ファスは目を閉じた。
明日、無事に終えられますようにと願いながら。




