9.
恐らく、村にはいない。だとしたら近くの森だ。
大した魔物もおらず、冒険者もさっさと抜けていく格好の場所。時折薬草採りに入るくらいだが、今は冬。その薬草も土の下で眠っている。出入りする人間は少ないだろう。
カイは森を進みつつ、周囲を探る。木々は大きいが、定期的に手を入れているのか見通しはいい。
「…もっと奥か?」
そう呟き、ずんずんと進むカイに遅れてついて行くはトオヤとうらら。
依頼も完了し、あとは戻るだけだというのに何があるというのか。うららは昨日の袋を今日も抱えている。明らかに貰い過ぎなので返したいのだが、会えなかった。
「ね、ねぇカイ、どこ行くの?帰るには遠回りだし、何も無いのにさぁ…」
「探しもの」
これである。先刻からそう返すだけで、はっきりとは口にしない。森を歩き続けて早や一時間。Sランクの探しものは杳として知れなかった。
「…まだ奥に行くのか?」
「見付けるまでは」
謎の執念すら感じる。
なんか怖い。と呟くうららに心の中で同意し、トオヤはふと違和感を覚えた。
「……向こうに何かあるな。うらら、どうだ?」
「え?………、ホントだ。あっち目眩ましの魔法が掛かってるよ」
と、指差す先に足を向ける。
しばらくうららを先頭に歩き…、あった、と木の根元を覗き込んだ。
「魔法陣。これだったんだ」
そこにはよくよく見ないと気付かない、小さく描かれた魔法陣。草の影に上手く隠してあった。
この先に何かがある。この魔法陣がある限り、多くの者は気付かず通り過ぎてしまうだろう。余程魔法に精通していなければ。
「あの村には、魔法詳しい人はいなかったよね?」
「あぁ。一体誰が…」
二人は陣を興味深く覗き込む。その間、カイは周囲の気配を探る。視界は誤魔化せても、存在を完全に隠すのは相当の魔力と技術が必要だ。
「ん?」
「うん?」
「なんかいい匂いがする…」
三人は顔を見合わせ、匂いがする方へ歩き始めた。
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時々、本当に時々だが、道迷いや怪我人がやってくる時があるのだ。そんな時はファス一人で対応している。だから大丈夫、と自分に言い聞かせる。
昨日の乱暴者が頭を過るが、尾けられないよう注意していた。
パクたちが隠れたのを確認し、手早くテーブルを片付ける。
「は、はい…」
細く開けると、ぱちと目が合った。向こうが、あ、という顔になる。
「昨日の人…」
「昨日の!此処に住んでたんだ!」
助けてくれた、勇気ある少女だ。隣には怪我を治してくれた男性も。そしてもう一人。
見上げた先には、何か月ぶりかの姿。彼はにかりと笑う。
「え、……カイ…?」
「ファス、久しぶり」
「ど、どうして、この人たちは…」
「やっぱ気付いてなかったかぁ。昨日、俺も居たんだぞ」
そういえばと思い出す。最初に乱暴者から離してくれた人が居たが、よく見えていなかったのだ。
「あ、ありがとうございます、俺気付いてなくて」
「いいって、こうして会えたしさ。お前ら帰っていいぞ」
「酷い扱いだな」
「雑過ぎる!!」
ファスにはいい笑顔、仲間二人には無表情。器用な芸当を見せつけられたが、トオヤもうららもその程度では退いたりしない。
「ファスさんていうんだ。私、うららだよ」
「俺はトオヤ。これでも一応パーティだ。で?二人はどういう知り合いだ?」
「恋人ですが?」
「嘘つけ」
「あの…、カイ、どうして…」
控え目だが、ファスの目には非難の色があった。知っている筈なのに、と。
気付いたカイはしばらく見つめ……徐に首を振った。
「ファス…悪い、こいつらはもう分かってるんだ」
「え、」
「正確には、あの魔法陣を見付けた時…。これでもAランクの実力者だ。下手に誤魔化すより、事情を知ってもらった方がいい。安心してくれ、もしもがあった場合は俺が責任持ってこの世から解放する」
「……」
…何の話?
と、口にしそうになるうららを、トオヤは止める。
此方は何も分かってやしないのだが、合わせておかなければ面倒になりそうなのだ。妙な言い回しだが、あのSランクは仲間の命を刈り取る気満々である。
ファスは困惑顔のまま窺っていたが、待ってて下さいと中へ戻って行った。
さて、と振り返ったSランクはいい笑顔だ。
「こうなりゃ協力してもらうぞ。いいか、何があろうとも全て知ってましたで通せよ」
「何?何の話さ、カイの知り合い?」
「手の込んだ隠れ方をしているが、訳ありなのか」
「ファスがそんな奴に見えるか?」
「そもそもだがお前、ファスが隠れている事情を忘れてたんじゃないだろうな」
「気安く呼ぶなや」
「知ってるなら教えてくれたら良かったのに!」
「声がでかいっての!」
小声で言い争っていると、ファスが戻ってきた。その腕には黒白の毛皮の猫が収まっている。
その猫はじと、とカイを睨んでいた。うららの顔がぱ、と輝く。
「かわいい!ね…、」
「魔猫…」
「え、」
トオヤの驚いた顔を見、猫を見、うららは動揺する。耳にしたことはある。人前には一切姿を現さない、最早貴重とも言える魔物だと。
ファスの見定めるような視線に、うららは咳払い。
「は、話に聞いただけで見たことなかったから…」
「…」
「分かっててもそうなるよな。久しぶりだな、俺の事覚えてるか?」
「がぅ」
「はは、そーかぁ覚えてくれてたのかー」
「噛まれてるぞ」