70. 時々、王都の巣にて
今年も降るかも。と、パクたちはそう予言した。秋の頃である。
空気は段々と冷え、凍てつくような静寂が山を包むようになると、もう冬の訪れだ。
外は霜が降り、うすらと白い。吐く息も同じだ。山の恵みは春まで眠りにつく。蓄える為に。
今年も保存食、薬草なども充分手に入れる事ができた。ファスは山に自然と手を合わせる。感謝の祈りだ。
パクたちはきゅっと集まり、その様子を見守っていた。
普段から見回っている事もあり、巣の補修は滞りなく終わった。傷んでいた屋根も天井もしっかり張り替え、その上ソラの力を借り、丈夫なツタで補強している。パクたちが乗っても、音がしなくなったので一安心だ。
しかし、今回も降るとなると…移動は困難になるだろう。
パクたちは冷たい空気の中、耳を忙しなく動かし空を見上げる。雲が下がって来ていた。
「にゃあ、にゃー」
「うん、薪を運ばなきゃね」
全員でできる限り運び入れ、すぐに取れるよう縄で纏めて戸の近くに。杉の枝も集めておいた。準備は万端だ。もう一度ぐるりと見渡し、ようやく戸を閉め、暖かい暖炉へ。今日はゆっくりまったり、過ごす予定だ。
思い思いに過ごし、のんびりとした時間が流れていく。
膝にちょこんと納まったオネムとソラを撫でながら、ファスは本を読み進めていく。
お客さんが多かったので、今のようにゆっくりする時が少なかった。パクもしらゆきも、はやてもダイチも側で寝そべり、ゴロゴロと楽しんでいる。
……とはいえ、本格的になる前にまた、カイの家に居候することになっている。
今年はそこまでじゃないから、巣ごもりしようとみんなで決めていたのだが。それを聞いたカイとうららが膝から頽れ、トオヤはそこまででは無いにしろ残念そうで。
家事依頼と称して何度もファスを誘うので、パクたちが仕方なしに折れた形だ。ファス一人で雪道を移動するのは危険で心配なので。あの男の執念の勝利である。
「に、にゃあにゃ?」
「ん……、みんなといるとあったかくて…」
いつも通り、朝から動いていたファスが舟を漕いでいた。はやてとダイチが、大きい毛布を運んできてくれたので、ファスに被せて自分たちも入り込む。みんなでお昼寝だ。
今日は珍しく、先に眠ってしまったファス。パクはぴくりと耳を動かし、窓の外に目を向けた。
ちらりと舞う白。山は王都より先に、雪化粧だ。
寒いけど、みんなと居るから寒くない。パクはクルクルと控えめに喉を鳴らすと、ファスの懐で丸くなり目を閉じた。
…先の楽しみがあると、人間は気合いが入るものである。
それはSランクパーティも多分に漏れず。依頼をこなし、全てを予定よりも少ない期日で終わらせているのだ。彼らの実力は本物である。アレクには只々驚かれ、何かあるの?と探られた三人だが、口を割る事はなかったという。
それぞれ慌ただしい日々が過ぎ、寒さも本格的な兆しを見せ始めた頃。王都にも、ちらちらと雪が舞うようになった。空を見上げ、門番は気を引き締める。
今日も行く人来る人は多いだろう、手早く捌かねば。体が冷えないよう、木を組んで火を焚いておく。
こうしておくと、近くの住人達も暖を取りにやってくるのだ。中には火を分けてもらう者も。
案の定、寒い寒いと集まり始めた。それを横目にしばらく捌いていると、去年も目にしたような光景が。
「こっ…こんにちは……っ」
両手に三匹ずつ、合計六匹の猫をカゴで運ぶ、黒髪の真面目な青年。
猫たちは静かに収まっているが、やはり重たいのだろう。腕が震えている。寒くないようにと、毛布も掛けられているので、その分も加えてキツイに違いない。門番は手を貸し、木机の上に置いてやった。猫らは大人しいものだ。
「ありがとう、ございます……」
「今回も大荷物だな。しばらく王都に?」
「は、はい。冬の間ですけど、友人の家に泊まることになって…」
この子たちに、広くて暖かい部屋でくつろいでもらいたくて。と、優しい笑顔で毛布を掛け直している。分け隔てなく可愛がられているのは、猫らの毛並みでよく分かった。
門番は、良い主人を持てて幸せであろう猫らに頷きつつ、手早く通行証に判を押す。
「分かっているだろうが、これは滞在している間は無くさないように。纏めて二人分だ」
「はい。ありがとうございます。…あ、良かったらコレを。皆さんで飲んでください」
お金と共に、茶葉を一袋渡された。こういう差し入れは、実はちょくちょくあるのだ。感謝の言葉と共に来るそれらは、励みにもなっている。
「是非頂こう。仲間も喜ぶ」
にゃあ、という声に目を向ければ、白黒の子と目が合う。ちょこんと頭を下げた、ように見えた。まるで礼を言っているようだ。
「賢いな」
「はい、とても頼りになります」
青年もまた頭を下げ、腕を震わせながら人波に紛れていった。……大丈夫だろうか。
次の対応に追われ門番は見ていなかったが、すぐにあの有名なSランクに出迎えられ、無事に運ぶ事ができたのであった。
……パクたちはじぃと部屋を見渡し、チェック中だ。
あちこち匂いを嗅ぎ、安全を確かめる。大丈夫と分かってはいるが、油断は禁物。毎日のパトロールを欠かさないのと一緒なのだ。
それを終えると、次は気に入った場所に寝床を作る。今回も寝室が拠点だ。
パクはごそごそと、荷物からベッドを引っ張り出す。折り畳み式の軽くて柔らかい、ファスの手作り。寝心地ばっちり、毛布を被れば充分暖かいので気に入っている。
ファスは今、台所の掃除中。あまり使っていないらしくて汚れてはいないが、埃は積もる。お鍋等が、ファスの手でキレイになっていく。
出来る事はやっておこう。パクたちは寝床を完成させ、喜び合う。オネムの寝心地チェックもクリアした。此処なら、台所に立つファスがよく見える。
「ぶにゃ、にゃ?」
「なぅ、なーおぅ」
他にも、薬草や、作るための器具、図鑑等々……。点検も兼ねて、一つ一つ荷物から出していく。
みんなの目で確認してもらっている間、置き場所を探して歩き回るパク。床に置いていたら、流石に危ない。
「ん、もしかして置き場所探してんのか?」
荷物を運びながら、顔を出したカイに頷くと、台所にある棚を指した。
「あれ、使ってないからいいぞ。纏めて置いた方が分かりやすいだろ」
「にゃ。にゃー、にゃにゃあ」
パクはお礼を告げた。薬作りの時は台所だ。
「ありがとう、カイ。俺も手伝うよ、パク」
「にゃーあ」
掃除は終わったらしい。ファスはニコリと笑うと、薬草達を運ぶ。器具は、パクたちが出し入れしやすいように入れていく。
全員で動き、ようやく落ち着いたのは夕暮れだった。冬は日が落ちるのが早い。
「…もう少し、減らしてこれたかも……」
「全部冬越えには必要なんだろ?足りなくなるより、いいんじゃないか?」
「そうなんですけど、すっかり占領してしまって……」
「元々物が無い方だったから、いいって。俺は嬉しい。ファスが此処に居るんだなって実感できるから。勿論、パクたちもな」
ポンポンとパクたちを撫でるカイは、上機嫌だ。何も無かった部屋に、物が少しずつ増えていく…。これから共に暮らすのだとよくよく分かり、幸せが感じられる一瞬である。冬の期間限定、ではあるが。
そんなカイに、ファスも嬉しそうに微笑んでいる。
「さて、腹も減ったし……ファス疲れてるだろ?ギルドでなんか買って来るか」
「あ、大丈夫ですよ。きっと遅くなると思って、お弁当を用意してたので…今から温めますね」
テーブルに置かれていた包みは、お弁当であったらしい。カイは惚れ直した。
パクたちはお皿の準備。去年より慣れるのが早い。去年の今は、ファスから決して離れなかったのだから。これはカイを受け入れたか、ただ第二の巣と決められたか…判断に迷うところだ。
「にゃん」
「分かった、手伝うって」
一人、動いていないカイに、しらゆきの注意が入る。巣の提供とは話が別なのだろう。カイとてふんぞり返る気は無い。温め直され、盛り付けられたごはんを運ぶ。
今年の提供は巣だけではない、ちゃんと準備はしておいた。どちらかと言えばファス達の主食は、
「ファス、冬の間の米も買っといたんだ。後で見てくれな、五十袋」
「はい、ありが……え?!」
惚れた相手を喜ばせる為であれば、金も労力も手段も惜しまない男。それがカイである。
一袋十キロとして、それが五十。
もしかしたら二十キロか。いや流石に床抜けますね。
今年の更新はこれで最後になります。読んでくれてありがとうございます!
ブックマーク、いいねしてくれる優しい方々に感謝を。
よいお年をお迎えください…




