閑話 ダンジョンを抜けたら、そこは雪景色でした
「ダンジョンを抜けたら、そこは雪景色でした」
「何言ってんだお前」
冒険者ギルド。此処は季節問わず、騒がしい。
夏は涼を求めて、冬は暖を求めて人が行き来する。狭い酒場は、今日も賑わっていた。
酒を飲み交わし情報交換と勤しむ、知った顔ぶれを眺めながら、マスターはつまみを作る。その対面、カウンターを陣取るは、探索特化の兄弟冒険者である。
ただでさえ狭いのに、この二人が無駄に席を取っている御蔭で、カウンター前は見渡しやすくなっていた。
つか、椅子に寝そべんじゃねぇよ。マスターは青筋立てて兄弟を見遣った。
聖誕祭がなんぼのもんじゃあぁぁぁぁい!………と、毎年今の時期にある雄叫びが、酒場をより一層騒々しくさせている。
「おっさん……、俺達はもう終わりだ…」
「俺達の冒険はこれからだったのに……」
「毎年言ってるよな、このボンクラ兄弟が。また保存食手に入れ損ねたのかよ」
「ダンジョンを抜けたら、そこは雪景色でした……」
「そこに行き着くのかよ。てめーらまた、テンション任せで潜ってたな?無計画で行くからそうなるんだよって俺去年も一昨年も言ったよな??!」
椅子三脚使って、無気力で横になっていたエルドが徐に起きる。弟のオーベルは五脚だ。
「おっさん……、計画ってのはな、実際に起こるアクシデントの前じゃ所詮は地図上の空論なんだよ」
「やかましいわ。てめぇの無計画さを、さも高尚な出来事のように語るな。あと無駄に決め顔晒すな」
「だってー、潜った時まだ暑いくらいだったんだもんー。まだ薄着でいけたもんー。急に冬来るなんて聞いてないもんー。オーベル夏装備で行けてたもんー」
「腹立つからその口調やめれ。ゴリマッチョな弟はいつでもどこでも軽装備だろうが。あれ弟いねーぞ」
「野生に還ったんだよ……」
「とんでもねぇ兄だな」
オーベルがふらりと何処かへ行くのは、よくある事なのだ。そしていつも、何かを持って帰って来る。
まぁ、大体、兄弟が今求めているものでは無いものが多いのだが。
「兄貴!食いもんだ!!」
バァンと意外と早く帰ってきたオーベルは、明らかに人間を横抱きにしている。
「弟よ。兄ちゃんは人肉食う趣味は無い。誠心誠意謝罪して、お家まで送って差し上げなさい」
オーベルに捕まったら、普通の人間が逃げ出すのは不可能である。ふっとい腕の中に居る被害者は、哀れな程震えていた。
「俺も食わない!違うって、ファスだ!」
「ん-?あ、マジだ。ファスじゃん」
青褪めて震えたままのファスが、兄弟を見上げていた。
……全くの余談ではあるが。
あのSランクもまだ、ファスを横抱きにした事は無い。オーベルは下心無く、無邪気にあっさりとクリアしたが。この事実を知れば、兄弟は最果ての地まで追われる羽目になるだろう。
幸か不幸か、Sランクパーティは遠征に出ており不在だ。兄弟は知らぬ内に、命拾いをしていた。
「……てなワケでさ、俺らこの冬本気のピンチなんだわ」
弟の襲撃を謝り、事の経緯を丁寧に話している内に、ファスも落ち着いたようだ。時折、相槌を打つ。
「此処はいつも通り開いてるけどさ、制限もあるからそんなに食えないんだよな。で、ファス。頼みがあるんだよ」
「メシくれ」
オーベルは直球だった。思わずマスターが叩く。
しかし、ファスは気にした風もなく荷物を探っていた。彼は毎回何かしら、持っているようである。
マスターも、酒場の一部の面々も気付いている。ファスが、あの猛暑時の救い主だということに。
そして期待が高まる。あいつのメシうまかったよな、と。
「あの…今、お裾分けできるのはこれくらいで……」
少々申し訳なさそうに出したは、乾燥野菜と、お馴染みのドライフルーツ。そして、乾燥きのこ。
兄弟はフルーツに目を輝かせたが、野菜たちには悩み顔を見せた。酒場の面々も、少しガッカリしている。
「うーん、俺ら作れねーんだよな……。使いこなせる気がしねぇ…」
「あ、きのこは手を加えた方がいいですが、これもそのまま食べられます。花蜜につけて、乾燥させたので……パリっとして、食べやすい味です」
説明しながら、小さいものを選んで手渡す。マスターの手にも乗せられた。
半信半疑で口にした兄弟は、無言。蜜といったが、そんなに甘くはない。塩も付いているようで、丁度いいくらいだ。野菜もそこまで主張せず、じっくり噛み締めるとニンジンだと分かる。
「うま」
「うま」
「もう一個くれ」
オーベルは正直だった。エルドが叩く。
「これなら俺らでもイケる!よしよし、これいくらだ?ファス」
「え……、それは……売った、事がないので…」
「あー、だよな。おっさん、どんくらいだと思う?」
「お前らの有り金全部出せや」
「言い方ァ。全部出したらそれこそ生き抜けないでしょうが!!」
毎年の事だが、兄弟はギリギリだった。
ファスも必死に首を横に振っている。正直に言えば、お金は要らないのだが。しかしそれを口にしてしまえば、自分達の保存食まで奪われてしまうかもしれないのだ。目の前の彼等がそうだとは思わないが、大事な家族を守る為、ファスは口を固く結んだ。
「……こん…くらいで、許してほしい…」
兄弟は財布の中身を確認し、震えていた。まだ報酬が入っていなかったのだ。市場で買うとしたら、足りない。流石の兄弟も、それだけは分かった。ドライフルーツか野菜かのどちらかになるだろう。
しかし、ファスはお金を受け取ると、二つを渡した。
マスターが渋い顔になる。
「そりゃ駄目だ、どっちか一つじゃねぇと釣り合わねーよ」
「いえ、冬は長いです。それに、お腹が空いていたら余計に冷えてしまいますから。困った時はお互い様です」
ファスは微笑んだ。
「それに、お礼もあるんです。いつも体を張って沢山の人を守ってくれて、ありがとうございます。なので、少しだけどお腹を満たして、エルドさんとオーベルさん自身も労わってくださいね」
「…………………神かな?」
エルドは口が回る方だが、この時ばかりは語彙力が爆発霧散した。
「おいしい神だ」
オーベルはいつも通りだった。
「……なんだか、凄く静かですね。酒場の方…」
「そうね……。気味が悪いくらいに…」
雄叫びを上げる事無く、何かを噛み締めるように涙を流し、酒を吞み交わす冒険者達。
それを目撃した受付嬢達は、首をかしげていたという。




