8. 時々、再会
艶のある黒髪に、紅い目。
可もなく不可もない、どこにでも居るような容姿。
なのに何だか不思議と気になる。
肌が白いせいか、殴られた跡が痛々しく映る。うららは顔を顰めた。
「あの、ありがとうございます…」
「ん-ん、それより痛くない?真っ赤だよ」
「これくらい、冷やせば…大丈夫です」
「あいつらは大人しくなると思うけど…また絡まれたら大変、私たちで送るよ?」
悲鳴が耳に入らないよう路地から離れたが、カイはまだ戻ってこない。
様子からして、青年に非はないのは分かる。荷物を守るように抱えたままだ。強盗か、とうららは更に眉を吊り上げた。ああいう輩がいるから、冒険者は乱暴者の集まりだと色眼鏡で見られてしまうのだ。
「何も取られていないのか?取り返してくるが」
「は、はい。薬は、何とか…」
「薬?薬師さんなの?」
「い、いえ…。本で学んで、独学なんですが…。ギルドで買い取ってもらって」
独学で売れるほどの薬を作れるとは。二人は感心する。
「お金持ってると思われてしまったみたいで、あの人たちに…でも、薬が無事でよかった…」
「待って待って。お金。もしかしてお金は盗られてる?」
「はい」
「ダメだよ!?諦めないでまだ間に合うから!!」
路地に振り向けば、トオヤが向かっている。任せよう、と向き直った。
青年は気にしていないようで、申し訳なさそうに眉を下げている。けれど横取りは断固許し難し。向こうから更に悲鳴が追加されたが、うららは話題を変えた。
「けどすごいねぇ、薬作れるなんて尊敬しちゃうよ。一人で?」
「いえ…、家族で。俺は、手伝いばかりです。本当にすごいのは家族のみんななんですよ。薬草学の基本を覚えるまで読み込んで、遅くまで作って…。お陰で、よく効くっていってもらえたこともあるんです」
「へぇー…。家族のこと、大事に思ってるんだね。あ、ねぇねぇ。今なんの薬あるの?傷薬ある?」
「はい。麻痺、毒消しもありますよ。傷薬は塗るタイプも…」
「わっこれ、もしかして…!?」
薬と共にあったは、ポポワタゲの包帯。しかも三つもある。触って確認。やはりそうだ。
うららは思わず首を傾げる青年を凝視する。一体こんな高級なものどうやって。
「取り返してきたぞ。あいつはまだ、しばき倒したいようだ」
「あ、ありがとうございます。……そうだ、お礼にこれをどうぞ。お世話になったので」
「え、ちょ、」
「ああ、ちょっと待て」
動揺するうらら。トオヤは青年を呼び止め、治癒を使う。頬の腫れがあっという間に治った。
「その顔じゃ、なにかありましたと言ってるようなものだからな」
「何から何まで…本当に、ありがとうございます。あの…もう一人の方にも、」
「伝えておく。気を付けて帰るんだぞ」
はい、と青年は頭を下げ、駆けていく。
姿が見えなくなるまで見送り、袋を抱えたままのうららを見遣る。
「どうした」
「だ、だってこれ……!」
「おい!ファ…じゃないあいつは?!」
「帰ったぞ。お礼だそうだ」
走って戻ってきたカイに、薬が入った袋を指す。が、突然がくんと項垂れた。
「どうした」
「なんで俺が戻るまで止めとかねぇんだよ……!!」
「ね、ねぇねぇったらこれどうする?!」
「どうしたお前ら」
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「にゃあ」
「ありがとう。うまく出来るといいなぁ」
「みぃ」
森の奥。ファスとパクたちの小さな巣は、いい匂いで満たされていた。
ファスは温まった石窯に丸めた生地を入れていく。周りに居るパクたちも、わくわくした様子で待っている。作っているのはパンだ。今回は薬草を刻んで混ぜてみた。これまで何度か作ったことがあるものの、失敗成功半々だ。パン作りは奥が深い。
生地はふあ、と膨らみ、すぐに色付いていく。一人と五匹はドキドキと目が離せない。
「にっ!」
「うん、」
しらゆきの合図でパンを出す。いい焼き色だ。外は寒いが巣の中は格段に暖かい。
「もう少し冷まして…。その間にお湯沸かして、」
焼きたてのパンはそれだけでもごちそうだが、スープはあった方がいいかも。
ちょっと待っててね、とパクたちをテーブルへ促し、手早く作り始めた。
「…にゃにゃ?にぃ…」
「にー……にゃあにゃ、みーぃ」
その後ろ姿を見ながら、パクたちは内緒話を始めた。
昨日、ファスが暴漢に襲われたのだ。お金を取られ、薬まで取られそうになったファスは抵抗した。ファスにとって、パクたちが一生懸命作った薬を取られる方が一大事。
幸い親切な人間が助けてくれ、無事であったものの……パクたちからしたら、ファスが大怪我する方が一大事。そんな乱暴者がいるなら、引っ越しも考えなくては。
「…なーぅ、なおぅ…」
「ぶにゃぶにゃ」
「にゃぁむぅ……にゃむっ」
横取りもそうだが、あんないい子に暴力を。五匹の目は剣呑に光っている。
しかし、今からの移動は難しい。最適な場所も見つけられていないのだ。パクたちは薬作りのペースを落とし、巣でのんびり過ごすことに決めた。幸い保存食は困らない程ある。ファスを傷付ける輩が居る所になぞ、行かせてなるものか。
「できたよ、お待たせ」
「にゃあ!」
平気そうな顔をしているが、この子も人が恐いのだ。まだきっと、心の中では恐がっている。
パクたちが出来るのは、味方だと伝える為側に居る事。少しでも安心してくれるように。
「にぃ…!」
焼きたてのパンにほかほかスープ。全員の目が輝く。
……その時、
コンコンと扉が叩かれた。
一人と五匹は固まる。
誰か、来た。