69.
実りの秋、豊作の秋。
王都の市場も、今は食材が山とある。これから冬の準備の為、買い込む客が多いからだ。
保存食作りは生命線。飲食店も多くある王都だが、冬は閉めてしまう。食料や物資が定期的に届かなくなるので、まずは自分の家族の備蓄を優先するからだ。
いつも通りに開けられるのは、ギルド直営店のみ。一人暮らしや、そもそも料理ができない者らにとって、正に最後の砦。とはいえ、在庫は無限ではないので数と量は限られる。
そして現在の市場。人でごった返していた。
この時期は仕方ないなと気を取り直し、トオヤは隙間を縫うように歩いていく。活気ある声が飛び交う中、目的のものを手早く買っていると、果物が目に入った。ファスが、毎年ドライフルーツを作っている事を思い出し、それも購入。中々な量になってしまった。
一度戻るか思案していると、正面に見知った顔が。うららだ。人波に負けじと踏ん張り、大荷物で此方に手を振っている。お互い買い物中であったようだ。
通りの端まで移動すると、一息つく。やはり、多い。
「私は頼まれ物だけど、トオヤも結構買ってるね。作るの?」
「あぁ、作れる物はな。多くあるに越した事はないだろう」
「凄いねぇ。私には無理だろうなぁ……あ、そうだ!ファスさんがね、保存食いっぱい作ったから、分けてくれるって言ってたよ」
なんの変哲もない材料から爆発物を作り上げる、ある意味天才的な腕を持つうららは朗らかに告げる。
貰ったジャムや乾物類、茶葉等は孤児院でも人気で、冬の間のお楽しみになっているそうな。昨日、早速栗ごはん作ってくれた!と、自慢気に話していたのを思い出す。
自分達の分を確保し、その上でお裾分けも用意する……あの細腕で大したものだと、ひたすら感心するトオヤだ。貰ってばかりで悪い気もするが、断るのも違うだろう。また、別の形で返そう。
「ありがたいな。ファスに会ってから、食が充実している」
「だよね!何より元気が出るし、薬も、……あ、」
「……俺も行くつもりだから、待ち合せよう。買い物は終わってるのか?なら…一時間後に門前で」
「わ、分かった!荷物、置いてくる!」
ごはんに夢中で、必需品の薬の補充を忘れていたようだ。分かりやすく表情に出した妹分を見送り、トオヤも市場を後にした。
「やっぱ、お前らか」
「あれ、何で?」
「いちゃ悪いかよ。ファスは今、手が離せねーんだ」
「にゃ」
巣を訪ねると、金髪が顔を出した。倉庫からはひょこりと、パクとソラが。うららはとりあえず、手を振る。カイの様子から察するに、昨夜訪ねて泊まったのだろう。
確か、戻ったのは昨日の夕方。それからとなると……、うららはSランクをじろりと睨んだ。
「いくら会いたくなったとしても、非常識だよ。感心できないなぁ」
「確かにな」
トオヤも呆れ気味に頷いた。カイは分かっているのだろう、反論なぞせず視線を逸らすだけだ。
その足元を、洗濯物を運ぶはやてとオネムがすり抜ける。
「…?トオヤ、うらら。こんにちは」
「こんにちは、また来ちゃった!」
「忙しい時に悪いな。どうしたんだ?」
ファスの腕には、タオルに巻かれたしらゆきとダイチ。ほこほこしている。
「食料探しに行って、泥まみれで帰ってきたんだよ。ファスが風呂に入れてた」
カイが中へ促しながら、代わりに説明する。冷やしてはいけないと、ファスは挨拶もそこそこにふたりを暖炉前に運び、丁寧に毛皮を拭いていく。そして新しいタオルで優しく包み、休むよう告げた。
はやてとオネムが、その隣で器用に畳んでいる。
「ありがとう。はやて、オネム。……ごめんなさい、バタバタしてて」
「ううん、それより手伝うよ?」
「後は片付けだけなので、座っていてください。お茶を…、」
「俺が片付けとく。ファスは二人頼むわ」
「え、あ、」
慌てるファスを台所に方向転換させ、カイは外へ。パクとソラにやり方を訊いている。
悩む素振りだったが、甘える事にしたか、ファスはそのままお茶の用意を始めた。少々忙しなかった巣の空気も、ゆっくり落ち着いていく。片付けを終える頃には、いつもの穏やかさも戻っていた。
「ありがとう、カイ。助かりました」
「泊めてもらったんだ、これぐらいしないとな」
今日のお昼は、温まるシチューだ。カリカリに焼いたパンに、温野菜。おやつには、お芋と栗のケーキが用意されている。しらゆきとダイチはよく眠っているので、後だ。ファスはふたりに合わせると言う。
テーブルいっぱいに広がるおいしそうな料理に、うららは抗えずお先にいただく。パクたちもスプーンを手に、いただきます。
「にゃああぁぁ……!」
「うっま……」
「おいしい!」
今日も相変わらず、うまい。トオヤは無言で食べ続ける。
いつも食べているパクたちが、毎回喜んでいるのだから、飽きない味とはこういうものなのだろう。
シチューは良い煮込み具合で、肉も野菜もほろほろと解けるような柔らかさ。これがまた、パンに合う。温野菜は、噛むと素材の旨味を感じる。塩とソースも用意されているが、まずはそのまま味わう。次は少量つけて。
「野菜そのままが、うまい……?」
「カ、カイもそう思った?だよね?!何もつけてないのに、甘いし苦味もないの!おいしいの!」
「んにぃ、にゃあ」
「おかわり?待ってね」
「わ、私もいいですか?!」
はい、とファスは微笑み、おかわりを持ってくる。野菜が苦手なカイとうららは、驚きつつも食べ続け。野菜好きのソラは、そんな二人を見上げ首を傾げていた。特に温野菜がお気に入りのソラは、決まっておかわりをするのだ。
敵か何かなのかと問い質したくなる程、野菜を口にしなかった過去の二人を知るトオヤは感慨深い。酷い時は、添え物すらも避けていた。作り手の権限をフル活用し、何とか食べさせてはいたが……完食するようになった決定打はやはり、ファスの手料理だ。
「はい、どうぞ」
「んにぃ!」
ふうふう冷まして、頬張るソラは御満悦。パクとはやてはシチューをおかわり。オネムはけぷ、とお腹をさする。いつもの癒し風景だ。
正直、知り合う事無く以前の生活を続けていたら、心は殺伐としていたかもしれない。顔つきも変わっていただろう。何よりこうして三人、仲良く食事をする事さえ無く、淡白な間柄のまま。
ふと、そんな事を考えつつ、トオヤはファスを眺める。
縁というのは不思議なものだ。カイが偶然、怪我をして。そして偶然、見付けたファス達が助けた。その出会いがなければ、今のこの空間は無い。
「…トオヤ?どうか、しましたか?」
「あぁ、ファスは料理上手だと、改めて思ってたんだ。野菜嫌い共が、文句も言わずに食べているからな」
「ファスが作ると違うんだよ。うまい」
何もつけずに温野菜を食べるカイに、同意するよう頷くうらら。
この二人の野菜攻略法は、ソースまみれである。今の姿が奇跡に思えるトオヤだ。
「トオヤも、料理上手ですよ。でも…、そう言ってもらえると嬉しいです」
「にー、」
「ぶにぃ」
「あ、おはよう。……うん、乾いてるね。ごはんにする?」
ファスは思わぬ賛辞に頬を染めていた。それを見たSランクの殺気が、トオヤに向けられる。
「トオヤはホントの事しか言ってないじゃん。折角のおいしい時間、邪魔するなら……こうだ!!」
「あっ!てめっうらら、それ俺のだぞ!」
「違うもん、自由に取っていいってファスさん言ったもん」
「全部とは言ってねーだろ!」
「……」
この二人が、よもや野菜を取り合う日が来るとは。
更に感慨深くなったトオヤは、ファスの凄さを再認識していた。
……しらゆきとダイチの食事も終わり、ファスは片付け中。
パクたちは毛布の上でまったり。三人も気兼ねなく、のんびりしている。
偶に、何をするでもない、こんな時間があったりするのだ。話すでもなく静かなものだが、苦ではないし嫌でもない。不思議と落ち着く空気が流れている。
ファスは振り返り、その様子を目にし穏やかに笑う。
冒険者は大変な稼業だ。神経を張り詰めて魔物と対峙しているのだから、肉体的にも精神的にも、疲労は並ではない筈。
此処に居る間は、お腹を満たして、ゆっくり休んで欲しい。疲れているようなら、パクたちも協力してくれる。
大事な人達が、元気で、そして無事に帰ってきますように。
ごはんには、そんなファスの願いが込められていた。




