68.
てててててんっ。
ファスは振り向いた。戸の向こうに気配がある。
ととととととっ。
パクたちも耳を動かしていたが、知っている気配に手を止めてテーブルを離れた。ファスが戸を開けると、そこには、
「にゃおにゃお」
「みにゃあ」
「かき、くり、久しぶりだね。元気だった?他のみんなは?」
魔研組のかきとくりが、元気よく挨拶をする。
訊けば、此処には薬草採りに来ていたらしい。今朝、まだ帰っていないと確認してから、今まで採取を頑張っていたそうだ。帰り道、おいしい匂いに気付いて走って来た、かきとくり。すんすん鼻を動かしている。がさりと音を立て、レオにトバリ、クリームも顔を出し駆け寄ってくる。
にゃあにゃあにゃいにゃい、と仲良く挨拶していると、
「待ってー……、レオちゃんたち早いよ、!!ファスしゃん!パクちゃんたちも!」
「うらら、お久しぶりです」
「ほんとっ久しぶり!あ、師匠ー!帰ってきてくれたよー!!」
今日はうららも一緒だったようだ。シドも居るらしく、後方に手を振っている。
パクたちに許可を貰い、巣の中へ招き入れる。暖かいのでホッとしたか、レオたちは力を抜いてリラックス。少々寒かったらしい。うららとシドにも椅子を勧め、お茶を出す。パクたちはおかゆの続きだ。
「あったかぁぁい……!お帰りファスさん、中々戻ってこないから心配してたんだよ」
「そうだな。本来は必要無い、護衛を言い出して毎回確認するくらいにはね」
ちくりと刺され、うららは視線を逸らしてお茶を飲む。変わりないようで安心したファスは、優しく微笑んだ。
「朝早くに戻ったんですけど、皆さんの方が早かったみたいですね」
「あぁ、早朝にしか咲かない花が必要になってね。咲いたまま採取しないと、薬効が充分出ないから……夜明け前から張ってたんだよ。此処にもあると、君達が教えてくれただろう」
無事採れた花は、ガラスケースに密封されている。この中に入れておけば、蕾に戻る事はない。ソラが興味津々の目を向けたので、よく見えるようテーブルへ。
薄紅色の花弁を広げ、朝露を纏ったまま。楚々とした風情だ。根から丁寧に採取され、少量の土が被せられている。
「んにゃあぁぁぁぁ……!」
「急に気温が下がったけど、この通り無事に終わったよ」
青い目をキラキラさせて、ソラはケースに張り付くように見入っている。うっかり倒してしまっては大変だ。ファスはそっと抱き上げると、元の席へ戻す。パクに注意され、ソラは慌ててスプーンを持ち直した。
朝が早かったという事は、ごはんはまだだろう。ファスはお茶のおかわりを注ぎ、先に用意していた柿と梨を持ってくる。
「少し、待っていてください。ごはん作りますから」
「ホント?!あ、でもパクちゃんたちのだったら……」
「栗ごはん作ろうと思ってたんです。それで良ければ……」
今からおかゆとなると、少し時間が掛かり過ぎる。用意してあった栗ごはん、あとは火にかけて炊くだけにしていた。
うららは即座に頷き、シドも異論は無く。レオたちの目も輝いていた。にこりと笑って台所に立つファスを拝み、秋の味覚をいただく。
かきは、自分の名前の柿を口に入れ、いい甘さに満足気なゴロゴロ。梨も気に入ったようだ。
「ジャムも作ったので、後でお裾分けします。少ないですけど…」
「み、みにゃにゃ?」
「勿論、栗もあるよ。約束したもんね」
遠慮がちだったくりの目が輝き、尻尾がぴんと立つ。
かきとくりのふたりは、ずっと秋を心待ちにしていた。自分の名前になった食材はおいしい、と姉弟子から。そしてパクたちから聞かされていたから。
ふたりは、まずはひとつ目の柿をしゃくしゃくしながら頷き合った。
「ありがたいけれど、君達のが足りなくなる事はないかい?」
「実は向こうで、食料集めをしてたんです。冷えるのが早かったし、それに豊作で。今年はたくさんあるんですよ」
つい夢中になってしまって、と笑うファス。だから遅かったのかと合点がいった。
冬の食糧難は命懸けだ。早めに準備しておかなくては、王都の市場は冬はほとんど閉まってしまう。
「此処でも、少し分けてもらおうと思ってるので、気にしないでください」
「…なら、その時は手伝うよ。レオたちもいいね?」
にゃい!と揃っていい返事。貰うばかりでは申し訳ない、出来る事でお返しだ。レオたちは、パクたちにもきちんと御礼を言っていた。
ふわ、と漂ういい匂い。もうすぐ炊ける。
これだけでも空腹を刺激されるが、もう少し我慢、とうららとレオたちは耐える。
パクたちはその間に食べ終わり、お茶を飲んでひと休み。満ち足りた表情から、美味しかったのだとよく分かる。お皿を下げ、ファスは手早く洗っていく。転移魔法を使った後は、頑として手伝わせてくれないので、パクたちは大人しく回復に努めるのだ。
それでも、テーブル拭きだけは済ませると、レオたちと交代する。植物図鑑を持ってきたソラ、毛布を運んできたダイチと共に、囲むように敷く。これであったかい。改めて、みんなで植物図鑑を読み始めた。にゃあにゃあとめくり、先程の花を探す。
「きのこのスープ、できましたよ。ごはんはもう少し、待ってください」
「わ、おいしそう!」
「にゃい!」
きのこがたくさん入った、おだしのいい匂いに空腹は更に刺激される。
ふぅふぅと冷まし、ひと口。ほんのり薬草の匂いも感じる。なんだか体の芯まで温まる感じだ。
「おーいしーい……」
「温かいね……」
レオたちも同意するように、ゴロゴロ鳴らしている。思いの外お腹が空いていたのか、全員あっという間に空にしてしまった。気付いたファスがおかわりを注いでくれる。そしてテーブルに置かれたは、おむすびにされた栗ごはん。レオたちの分は小さく握られていた。
「にゃい……!」
「みにゃあ……!」
初めての栗ごはん。みんなの目が輝いている。特にくりがキラキラだ。
それぞれ手に取り、はむ、とかじりつく。ほんのりと甘い、ホクホクの栗に、もちもちのお米。塩が甘味を引き立てる。もうひと口、もうひと口と、どんどん食べたくなってしまう。スープともぴったりだ。
「みにゃにゃ…!みにゃ、にゃあ!」
「おいひい!おいしいね!分かるよくりちゃん!!」
うららも、もっちもっちと幸せそうだ。シドは無言だが、すぐに手を伸ばしている様を見ると、気に入ってくれたのだろう。
よかった、とファスは一安心。パクたちはででんと胸を張っていた。
……コンコン。
静かな巣で、それはよく響いた。ファスは首を傾げた。
もう夜だ。随分遅い訪いに警戒するが、パクたちは落ち着いているし、欠伸まで。…という事は、
「……ファス、俺だ。カイ」
「カイ?」
声も、気配も本人だ。そっと開けると、鮮やかな金色が夜風に揺れていた。
「悪い、遅いとは思ってたんだけどさ……」
「と、とにかく入ってください、寒いでしょう」
朝晩はすっかり冷えている。ファスは慌てて招き入れた。
じぃと見てくる六対の視線に、カイは取り合えず目視で謝る。
「そのー、今日依頼で帰ってきてさ。その時にうららから聞いて、つい」
「そ、そうでしたか…お疲れ様です」
パクたちは顔を見合わせる。戻ったばかりという割には、身綺麗だ。一度帰ってまた出てきたのだろう。夜道は危険だ。こんな時間に訪ねてくるのは、珍しい。以前は数ヶ月開いても平気そうであったのだが。
……ファスが自覚してしまったのは、気付いているだろう。カイはあれでも人をよく見ているし、勘は鋭い。両想いと分かってしまったからだろうか、少しばかり歯止めが緩くなっている気がする。
口出ししない、ファスがキケンと判断した時以外は手も出さない。そう決めているパクたち。今は大丈夫そうだなと、それぞれくつろぎを再開する。
「ごめんなさい、お茶用意しますね。何か、食べますか?」
「平気平気、終わらせてきた。こっちこそ悪いな、急に来て」
「いえ、会えて嬉しいです。カイも変わりないようで……あの、トオヤは」
「俺ら今回別で動いてたんだわ。トオヤも戻ってたし、まぁ明日来るんじゃねーかな」
そうでしたか、と笑うファスも喜んでいる。それが分かったので、パクたちは大人しくしているのだ。
「あの、これから戻るのは大変ですし、泊まっていきますか?」
ファスはそっとカイの手を取り、見上げた。瞬間、カイは殴られたかのように仰け反った。
そろそろ寝る時間だとパクたちは動き出す。
「あ、あの……」
「い、いのか?パクたちも、居るしその、巣だよな?」
ファスは首を傾げる。手はいつの間にやら、カイに包み込まれている。
はい、と優しく微笑み、頷いた。
「カイの手、今の時期はいつも冷たいです。パクたちと寝れば、あったかく寝れますよ」
「………………ウン、ソウダネ」
自覚したとはいえ。超絶鈍感ではなくなったわけではない。
ファスは純粋に心配しただけで、言葉に他意などないのだ。
カイと目が合ったパク。
二人で寝れなくはないのだ。ファスが望めば。望むのなら、毛布と共にみんなと暖炉の側で寝る。
でもカイの願いは、知ったこっちゃないのだ。
パクはみんなと一緒に、素知らぬ顔でベッドの上でコロコロ転がるだけ。
結局、全員で仲良く眠る事になった。
二人を隔てるように、パクたちは寝場所を確保して。
わざとではない
快適に眠れる場所を探した結果なのです




