64.
厳しい残暑に参っておりました。
夏は何してたっけと思い出を振り返っても、止まらない汗と冷たい麦茶と室温36度超えの絶望しか記憶に残ってなかった……
カラン、とドアベルが鳴り、店主は顔を上げる。
立っていたのは初めて見る客だ。興味津々と見渡している。その後から入ってきたのは、
「こりゃ珍しい。Sランク様じゃねーの」
「その呼び方やめろっての。アンタが店番?道理で客が居ねぇワケだ。見やすくていいけど」
「店主に向かってなんちゅう言い草だよ。へぇ、今日は女連れじゃねーのな」
此方の遣り取りを眺めている連れは、目を丸くしている。男友達居たんだな、と店主は素直に驚く。
真面目そうな青年は、冒険者ではなさそうだ。目が合うと、頭を下げてきた。
「礼儀正しいな兄ちゃん。何をお探しだい?今は魔物除け効果があるのは切らしててなぁ」
「い、いえ。普段使いのもので……髪飾りとか、ありますか?」
「それなら、あの左の棚に纏めて置いてるぜ。手に取りたい時は言ってくんな」
扱っているものは、身に着けるとあって小さいものが多い。防犯の為、全てガラスケースに収められていた。見やすいように並べられている。青年は御礼を言い、真剣な目で選び始めた。
店主はその様子を見て察し、Sランクを見直した。
「他人に興味ねぇって顔してよ。ダチの恋路の手助けしてやるたぁ、漢じゃねーか」
「ふざけんなぶっ飛ばすぞジジィ」
「口悪い上ガチ切れかよ。何なんだテメェ、見直して損したわ。嫌だねこれだから野蛮な冒険者共は」
「ジジィも元同業だろうが」
幾度となく死線を潜り抜けてきた、元冒険者の店主は他よりも肝が据わっている。例え相手がSランクの実力者でも、接し方は変わらない。可愛い孫すら居る店主にとっては、まだまだ若造なのだ。
「そんでぇ?前の彼女はどーした。また別れたのか?お前いい加減身を固めねーと、その内背後から刺されるぞ。いい子だったじゃねーか、元気と活気があってよ」
「うららはただの仲間だって何度言わすんだ。人の話聞けや」
「そうだったか?」
会話に耳を傾けながら、ファスは髪飾りを眺めていた。カイが言った通り、種類もあって見応えがある。隣には、様々な効果が付与された装飾具も。
過度な飾りは無く、シンプルな見た目なものが多い。ファスはちらとカイを見る。似合いそうだが、彼はこの類は着けていない。でも、店主とはこうして気安く話しているのだから、よく来ているのだろう。
誰かへのプレゼントを、買った事があるのかもしれない。そう頭の片隅で思い、気付いた。
あの、香水のような香り。
「ファス、いいのあったか?」
「あ、…もう少し。……カイは、どんなのを贈ったんですか?」
「贈った?俺が?」
「はい、よく来ているんですよね?その、恋人にプレゼント、」
「何がどうしてそうなった?!ジジィの言う事は真に受けなくていいからな??!」
「でも、此処の常連のようですが、身に着けていないですし、それに香水みたいな匂いもしてたので……付き合ってる人が居るのかと」
「待ってちょっと待て。確かに来るけどコレ以外にも置いてるし、ほとんどがうららの付き添い!ジジィが怖くて入り辛いって言うから!」
「ジジィ連呼すんなや。つか初耳だなオイ、だいぶ打ち解けてると思ってたのに怖がられてんのかよ」
「入ってくんな」
ショックーと、棒読みで口元を押さえる強面を一睨みし、ファスに向き直るカイ。
この誤解は今、速やかに解いておかなければ。過去は確かにフラフラしていたが、今は見ていたいのも欲しいのもたった一人だ。
香水、に全く心当たりが無いカイは、必死に記憶を辿る。そもそも、その類は持っていない。魔物に居場所を教えるような真似は、初心者でもやらないだろう。
「そういや、息子が言ってたな。最近出来た……表通りの店だったか。香水が手頃な値で手に入るんだってよ。お前らの前に来た客も、付けてたぜ」
店主のそれで思い出す。表通りに行列があった事を。
店の者が、お試しだと並ぶ客達に配っていた。香りは見えないので避けるのは不可能だ。それが移ったのかもしれない。けれど、ファスが認識する程近付いてはいないのだ。
他には……と考えるカイの横で、ファスは見付けた。
幾重にも重なる花弁を広げた、小さな花。白に黄色に、薄紫。桃色もある。一輪だけ模ったモノもあれば、花の部分を二輪あしらった髪飾りも。
これは、御方サマの髪に合いそうだ。店主に頼み、ケースを開けてもらう。
間近で見れば見るほど、似合う気がしてくる。
「これ、お願いします…!」
「あいよ。兄ちゃんいいの選んだな。此処の棚は、全部若手が作ったモンでよ。棚代はもらうが、売り上げは全部本人に渡す決まりなんだ。自分の作品を出す場があれば、やる気も出るってもんだろう」
「それって、他の店でもやってるんですか?」
「まだ二、三軒ぐらいだな。若手が育たねぇって嘆いてるだけじゃ、現状は変わらん。俺は俺で、できる事をやろうと思ってよ。職人目指す全員が、いい環境にいるとは限らんからな」
ファスは、他の土地で薬を売っていた時を思い出す。
薬師ギルドできちんと査定された薬は、驚く値段で買い取ってくれた。それまでは、その半値であったりしたので……恐らく、子供だからと安く買い叩かれていたのかもしれない。
他の職でも、似たような事があるのだろう。努力しても、相手が対等に見てくれない。それが続けば確かに、次の世代は育たない。
「冒険者に必要なのは経験と鍛錬だ。それは、どの道でも変わんねぇだろ?自分の力が誰かに評価されりゃ、原動力になるってもんよ」
「分かります……!頑張りを認められたら、凄く嬉しいですから」
「おぉ……分かってくれるか兄ちゃん!そうなんだよ俺らの時代は……」
意外な盛り上がりを見せる二人の横で、カイは難しい顔のまま、記憶を遡っていた。
今日は、はやてとソラが周辺をパトロール。ダイチとオネムは魔法修行。なので、パクとしらゆきが巣の見張りだ。
パクは巣の周りを。しらゆきは倉庫点検。この時に補修箇所を見付けたら、全員に報告。傷みかけているのがあれば、台所に置いておくのだ。
これは毎日欠かさず、全員ができるようにローテーションで続けている。巣を長持ちさせる秘訣だ。
今日も異常ナシ。戻りがけに倉庫を覗くと、しらゆきが一つのカゴをチェックしていた。どうやら傷んでいるモノを見付けたようだ。暑さと湿気で弱ったのかもしれない。
ふたりでせっせと選り分け、巣に運ぶ。
「にゃ?」
「にぃ?」
トオヤとうららの姿がない。
ファスが王都に行っている間、二人が護衛という名の留守番を買って出てくれたのだ。
結界の御蔭で、そこまで強い魔物は出ないのだが、ファスが安心して出掛けられるなら居てくれた方がいい。
もしやとダイチたちの方を見れば、居た。割と真剣に見学している。
「にゃあにゃ、にゃ」
「にゃん」
そよそよと涼しい風。昼間はまだ暑いが、徐々に朝晩はヒンヤリしてきたので、秋は近い。
ファスがお茶を作ってくれている筈。準備をしようと、しらゆきと台所へ。修行が終わる頃には、パトロール隊も戻ってくるだろう。テーブルの上には、お昼もある。
この後は何をしようか。のんびり本を読むのもいいし、糸作りに、前からやってみたかった布巾作りに挑戦するのもいいなぁ。ファスみたいにうまくは編めないけれど。
そんな事を話しながら、ふたりは喉を鳴らし合った。
「かわいい。……レオちゃんたちと動きが違う…!かわいい」
「そりゃあ、そうだろう。それにしても興味深い…」
「ぶにー…」
「にゃむ…」
ダイチとオネムは、少しやりにくそうに顔を見合わせていた。




