63.
帰省を伸ばしての一日目は、レオたちと過ごした。
久しぶりに会う魔猫たちは、お互いの成長を見せ合い、はしゃいでいた。その様子は微笑ましく、修行で根を詰めていたレオたちにとって、いい息抜きになったようだ。
二日目は、うららがどうしても!と希望したお食事会。またしばらく離れるので、食べておきたいとのこと。そう言ってくれるのは、素直に嬉しい。夏野菜をふんだんに使った料理でおもてなし。三人も、シドとレオたちへのお裾分けも喜んでくれた。
そして、三日目。
明日は戻る日なので、パクたちにはゆっくり休んでもらいたい。実質、今日で会えるのは最後になる。
なのでファスはカイと王都に出掛ける約束をしたのだが。
「……」
意識して、緊張する。
深呼吸するが、気持ちが騒いで全然効果が出ない。前はこんな事なかったのにと、下を向く。
みんなと居れば、こうはならない。二人きりがダメなのだ。それに気付いたファスは、トオヤとうららも誘ったのだが、二人にはすぐに断られてしまった。思い出し、溜息を吐く。
二人は勘が鋭い。きっと、自分の浅はかな考えを見透かされてしまったのだ……と、落ち込むファスだが。実際はSランクが背後で、睨みを利かせていたのが原因である。
「ファス!悪い遅れた、」
「あ、い、いえ。少し早く着いただけですから」
二人は門にある時計を見上げる。約束よりも十分以上早い。顔を見合わせ、笑い合う。
「遅れるよりはいいな。待たせてごめん、行くか」
「はい、今日はよろしくお願いします……、…?」
ふわと、嗅ぎ慣れない匂い。それは紛れもなくカイからだ。思わず首を傾げた。
…パクたちは鼻がいい。なので、ファスが一番気を使っているのは匂いだ。巣も、自分自身も常に綺麗にしておく事を心掛けている。
もし匂いで巣を見つけられたりしたら、パクたちに申し訳ないどころではないからだ。今の所指摘された事はないので、大丈夫なのだろう。
そんなファスであるから、敏感に気付くのは当然であった。
彼らしくない、少し甘い匂い。香水のような。
「……な所があってさ、ファスはどこがいい……ファス?」
「は、はい!……すみません、何を買おうか悩んでて」
嘘ではない。昨日も話し合ったが、結局決まらなかった。ファスは曖昧に笑う。
「王都にはたくさんありますから、どれがいいのか分からなくなると言いますか……」
「じゃあ、今日はとことん付き合う。暑いから、休みながらな」
カイ自身に変化は無い。という事は、ただ香りが移っただけなのだろう。彼は人気者だ、声を掛けられるときだってある。考え付いた答えに一つ頷き、ファスは付いていく。
相変わらずの人の多さだ。山とは違う熱気に、タオル片手に足を動かす。カイは住んでいるだけあって、慣れているようだ。すぐに影のある通りに移動してくれた。
暑いせいか、人もそこまではおらず混雑もしていない。見失う事は先ず無いので、そこは安心だ。気になる店を見付けたら、声を掛けるよう言われたファス。影の中をゆっくり歩きながら周囲を見回す。
一つの店が目に入った。雑貨屋のようだ。
「カイ、あそこいいですか?」
「ん、分かった」
店内は広々していて涼しく、見やすいように見本だけ置いてある。可愛らしい日用品に実用的な台所用品、服や鞄もあった。幅広く取り扱っているようだ。やはりというか、女性客が多い。男二人は少々目立った。特にカイは何もしてなくても目立つ上、有名なSランク。入った瞬間から多くの視線を奪い、店員が仕事そっちのけでそっと祈り出す。
以前の王都案内の時も、似たような場面に出会ったので、ファスは凄いなぁと思いつつ気配を消す。近くに居ると突き飛ばされたり、見えない邪魔と小声で言われたり……。怖かったので、気配を薄くする技を覚えたファスである。黄色い声に囲まれているカイには悪いが、この方がゆっくり見て回れるのも事実。
今日は、御方サマへのお土産を探しに来たのだ。
日は前後するかもと伝えているので、心配はしていないだろう。けれど遅れる事には変わりない。なのでみんなで話し合い、王都にならいいお土産があるかもしれないと、望みを賭けてみたのである。
大事な役を任されたファスの目は真剣だ。隅々まで視線を走らせる。二人きりである緊張は、彼方に飛び去ってしまったようだ。
「大丈夫か?ファス」
「は……はい、ごめんなさい…勝手にあちこちと。カイは、平気ですか?」
「あぁ、とことん付き合うって言ったろ」
あれから目に入る店を何軒も覗いたが、しっくりくるものがない。
御方サマはどんなものが好きで、喜んでくれるのだろう。王都の女性達の間で、流行っているらしいものも一応見たのだが、好みではないような気がして諦めた。その繰り返しだ。
流石に疲れ、木陰にあるベンチに座り込む。隣に腰を下ろしたカイが、覗き込んできた。
「ファス、何を探してるんだ?……見てたの、女が好むようなヤツばっかだったけど」
気付かれてしまった。
御方サマの事は、パクたちと内緒にすると決めている。安易に口にする訳にはいかない。だから、お土産を探したいとだけ言ったのだ。カイも最初は疑いもしなかった。
しかし、視線の先にあるのは、明らかにパクたちへのものではない。気付かれるのも当然だ。
どうしよう、とファスは視線を泳がせる。嘘はつきたくないので、なんとかうまく伝えなくてはと悩む。
「………その女が好きだとか?」
「あ、違います」
なんて恐れ多いと、ファスは即座に否定した。確かに可愛らしい方だが、守られているのは此方なので、保護者……と表現する方が正しい気がする。
「その……実は、お世話になっている方が居るんです。その方は、とても家族が多いのに、随分気に掛けてくれて……」
「家族が、多い?」
「は、はい。とても懐の深い方です」
御方サマは眷属、と言っていたが、言い換えれば大家族だろう。
「それに、とても力持ちでして。こう……一抱えもある壺を、一気に六つも運べるんです。お強くて、尊敬してます」
「へ、へぇ……」
カイの中では壺を悠々と持ち上げる、体格の良い肝っ玉母ちゃんが浮かんでいる。大家族というのだから、既婚者であろう。むくりと湧いていた嫉妬心は、あっという間に霧散した。よくよく考えれば、ファスが好きなのは自分だ、と自信を取り戻し余裕の笑みを浮かべる。
一体どういう経緯で知り合ったのか。その疑問をそのまま口にするカイに、ファスは考えるように首を傾げる。
「おそ、いえ、……おやつ、です。甘いものが好きなので、お裾分けをしている内に、仲良くなりました」
「あぁ、分かる」
酷く納得できたカイは頷いた。ファスは知らぬ所でまた、人の胃袋を掴んだようだ。
「それで、王都の土産を渡したいと思ったワケか」
「はい…。でも、何がいいのか分からなくなりまして…」
「まぁ確かに、難しいな。なんでもいいって訳にもいかないし」
カイは悩めるファスを眺める。少し離れて、休憩を挟んだ方がいいだろう。考え過ぎるのも良くない。
それに、例え世話になっているとはいえ、自分以外の存在に悩んでいるのは面白くないのだ。折角のデートなのに。
丁度昼だし、とカイは近くの飲食店を頭の地図で探す。
その時。カラン、と耳慣れた軽い音を拾った。目を遣ると、偶に立ち寄る装飾店が。そういえば此処だったなと視線を逸らし……また戻す。
「ファス、あそこに行ってみよう。割と普段も使える物も置いてあるんだ」
「え、そうなんですか?てっきり冒険者の人専門かと…」
「それだけじゃあ、閑古鳥だな。物は結構いいし、一見の価値アリだ。そこ見たら、とりあえず昼食おう」
値段も手頃で、お客も途切れずに来る評判のいい店だという。
装飾品は頭に無かったファスは、目を丸くする。パクたちも縁が薄いし、御方サマも付けていない。
そういえば、とファスは思い出す。
御方サマは肩辺りで切り揃えた銀色の髪。ごはんを食べる時、よく耳にかける仕草をしていた。せめてその時だけでも、髪を止めれるモノがあれば快適なのでは…。
ぱ、とファスの目が輝くのを見て取ったカイは、昼はもう少し遅いかなと笑った。




